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第3章 第13話side.柊吾
〜side.柊吾 〜
「彼氏にも逃げられるし、好きだった人とも上手くいかないし、俺…もう一生恋人なんてできないかも」
環生 はそんな弱音を吐きながらキュッと俺の手を握った。
「別にそんなのいなくてもいいだろ」
俺がそう言うと、ぷうっと頬を膨らませた。
「嫌だよ、一生ひとりぼっちなんて淋しい。俺はおじいちゃんになっても好きな人と手を繋いで散歩するのが夢なの」
きっとコイツの頭の中は『恋』が大半を占めてるんだろう。
まぁいい、価値観はそれぞれだ。
ふーん…と、興味なさそうに流してやると不服そうな顔をした。
「どうせまた俺の事、逃げられた男の事を想ってメソメソしてるって思ってるんでしょ」
「別に…」
「嘘、信じない。今、絶対心の中で呆れてるもん」
子供みたいな口調で、無駄に絡んでくる環生の相手をするのも悪くない。
八つ当たりでも何でもいい。
環生が抱えているものを吐き出せばいいと思った。
『話を聞く』
『優しい言葉をかける』
『抱きしめる』
順番は何だっていい。
環生の落ち着くパターンは大体これだ。
この3つが揃うと環生はご機嫌になる。
「まだ昨日の男と結ばれる『その時』じゃなかったんだ。お前がそれを望んでるなら、またどこかでお前の信じる運命の赤い糸とやらを繋げるタイミングがあるだろ」
どんな別れ方をしてきたのか知らないから、そんな慰めは気休めにしかならないと思った。
でも、今の環生の心には響いたようだった。
「そっか…そうだね。慰めてくれてありがと、柊吾」
環生は少しだけ笑った。
後は抱きしめてやるだけだけど、俺から布団に入るのも、横になってる環生を抱き起こすのも不自然だ。
もう少し話し相手になろう。
「まぁ、歳とってもお前がひとりぼっちだったら、俺が一緒に散歩してやるよ」
そう言うと、驚いた顔をした環生が急に真っ赤になって目を泳がせ始めた。
「しゅ、柊吾…それってプロポーズ///?」
プ、プロポーズだと!?
どうしてそうなる?
今度は俺が驚く番だった。
「あ…違った…?」
「違うに決まってるだろ。介護だよ、介護。何でも恋愛に結び付けるなよ」
「介護…?…ごめん、柊吾。俺の勘違い。今のなし///」
環生はさらに真っ赤になった。
手を離そうとするから握り直す。
いつもより赤みを帯びた環生の耳。
俺にプロポーズされたと思って照れるなんて面白くて可愛い奴。
「ごめんね…。つい最近、大事な言葉の意味を勘違いして気持ちが上手く噛み合わない事があったから、もしかしたら柊吾の言葉にも他の意味があるのかなぁって…///」
深読みしすぎちゃった…と照れ笑い。
「もしプロポーズならそんな回りくどい事する訳ないだろ。お前の方が2つ年寄りだから、世話してやるって言ったんだ」
「そうだよね…ごめん。俺、訳わかんないね。そんなだから誰とも上手くいかないのかな…」
いつもなら『年寄りだなんて酷い』とか言ってじゃれてくるのに、落ち込むなんて相当ヘコんでる証拠。
しょんぼりする環生を何とか元気づけてやりたいと思った。
「焦って恋しても仕方ないだろ。お前、男を見る目なさそうだし、恋すると頭に花が咲くおめでたい奴だからな」
優しくしてやりたいのに照れ臭くて、口から飛び出すのは意地悪な言葉ばかり。
でもまぁ、環生が本気で男を見る目がない事は確かだ。
「柊吾の意地悪。もういい」
俺の手をふりほどいた環生は背中を向けて布団をかぶった。
怒ったらもっと言い返してくるから、今は明らかにスネている。
もしかしたら泣かせたかも知れない。
「悪い、言いすぎた」
急いで環生の隣に横になって背中から布団ごとぎゅっと抱きしめた。
布団をかき分けて環生が泣いてないのを確認した後、髪にそっとキスをした。
髪や体から漂う他の男のにおい。
こんなににおいがつくほど一緒にいたのに、想いが成就しなかった環生の気持ちを考えると、胸が苦しくなった。
環生には幸せになって欲しい。
その反面、当分俺たちの側にいるかと思うと嬉しいとも思った。
色々な感情が入り混じった複雑な気持ちになった。
「嫌だ、許さない。弱ってる俺に意地悪言う柊吾なんて嫌い」
「何だよ、嫌いって。子供かよ」
冗談っぽく返したけど、俺は環生の『嫌い』が嫌いだった。
今の俺の生活の大半を占めているのは環生との時間。
その環生に拒絶されるのは辛かった。
「なぁ、環生。機嫌直してくれよ…」
「…じゃあ…ここに帰ってきてよかったって思わせて…。優しくしてよ…」
もぞもぞと布団の中で体を反転させた環生は、遠慮がちに俺に抱きついてきた。
『嫌い』と言いながらも、最終的には俺に甘えてくる環生が可愛いと思った。
この気持ちが何なのかわからないけど、とにかく環生が俺の腕の中にいる事に安心した。
「…ったく、しょうがないな」
そう言って腕枕をしてやると、慣れた様子で体を寄せてきて、いつものポジションにおさまった。
本当は嬉しいのに、迷惑そうな態度をとってしまうあたり、俺もまだ子供だ。
「どこのどいつか知らないけどキスマークまで許しやがって…」
照れ隠しに小言を言ってやる。
洋服を着ていても見える首筋と鎖骨の赤み。
肌が白いから余計に目立つ。
脱いだら胸にもついてるかも知れない。
「柊吾だって俺と会った初日に無理矢理キスマークつけたくせに」
環生も負けずに反撃してきた。
「…っ…」
いくら環生を追い出すための嫌がらせとは言え、やり過ぎたと思ってるから、何も言えなかった。
「意地悪言ったお返し」
俺が黙り込んだら、環生はふふっと笑った。
「腕枕されてたら眠くなっちゃった」
ふぁあ…とあくびをしながら、寝やすい体勢を取り始めた。
どうやら俺の腕枕で昼寝をするらしい。
布団を掛け直して背中に手を添えてやる。
「…ありがと。柊吾はいつもあったかくて…落ち着く」
環生は柔らかく微笑むと、ものの数秒で眠りについた。
よほど眠かったのか、安心したのか…。
おでこに唇を寄せるとムニャムニャ言いながら俺のTシャツの胸元をキュッと握った。
可愛い環生。
できればずっと笑っていて欲しい。
せめて俺の腕の中にいる時だけは、辛い事を忘れて幸せな気持ちで眠って欲しい。
環生の半開きの口から漏れる小さな寝息を聞きながらそう思った。
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