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第4章 第5話

「宿はあそこがいいな。夜は和食だから昼はフレンチだな。行き道に景色のいいカフェがあるから、そこでコーヒーを飲もう」 独り言なのか、俺に話しかけてくれてるのかよくわからないけど、今日の予定がどんどん決まっていく。 俺は優柔不断な部分もあるし、初めての人に意見を求められても遠慮してしまうから、ささっと決めてもらえて楽だと思った。 誠史(せいじ)さんプランなら、きっと誠史さんの『好き』がいっぱい詰まっているはず。 彼の事を知るいい機会だとも思った。 「いきなり連れ出してしまってすまなかったね」 ひと通りの電話予約を終えた誠史さんが話しかけてくれた。 「いえ…。最初は驚いたけど、今は楽しみです」 勢いでスマホも財布も持たずに来てしまったけど、今さらもうどうする事もできない。 お言葉に甘えさせてもらおうと思ってからはワクワクが大きくなった。 「環生(たまき)は度胸があって面白い子だな。置かれた状況を楽しもうとする前向きさが好きだよ」 「そんな…///俺…きっと流されやすいだけです。でも…ありがとうございます」 誠史さんにストレートに誉められて、照れてしまう。 秀臣(ひでおみ)さん達がよく俺を誉めてくれるのは誠史さんの影響なのかも。 「流される事は悪い事じゃない。他を受け入れる余裕と優しさだよ。もっと自信を持てばいい。息子たちは器の大きいいい家政夫さんに恵まれたようだ」 誠史さんは満足そうに微笑んだ。 誉められたし、予想より普通に会話が成り立ってホッとした。 秀臣さん達があんな事言うから、とんでもない人なのかと思ってたけど、この感じなら大丈夫そう。 もしかしたら気をつかって、普通に接してくれているだけなのかも知れないけど。 「よければ秀臣たちの様子を聞かせてくれないか。時々麻斗(あさと)から連絡はあるけど離れている期間が長すぎてよくわからなくてね…」 「あ、はい。俺でわかる事でしたら…」 俺はそれぞれの魅力的なところや、予想外に可愛いところ、心に残ったエピソードを順番に話した。 話したい事はたくさんあったけど、できるだけ短くまとめて。 勝手に話すのはダメだと思ったから、性的嗜好の事は内緒にしておいた。 「俺…誠史さんの事も知りたいです。今日ちょうど誠史さんの話をしてて…。どんな人だろうな…って思ってたんです」 「そうか。息子たちは俺の事をよくは言わなかっただろう」 誠史さんは少し淋しそうな顔をした。 その横顔が柊吾(しゅうご)に重なって見えた。 似てなさそうだけど、やっぱり親子なんだ…。 「父親らしい事は何一つしてやってないからな。おまけに彼らから、心の拠り所の母親を奪ってしまった」 衝撃的な誠史さんの言葉。 やっぱり訳ありだったんだ…。 「えっと…実は、その辺りの事情に踏み込んでいいのかわからなくて、俺…」 知りたい気もするけど、部外者の俺が聞いてはいけない気がする。 でも、皆は絶対秘密にしたい訳でもなさそうで、どうしていいかわからない。 「環生は人との距離の取り方が上手いなぁ。道中の暇潰しに聞くかい?」 誠史さんは運転する手を止めないままそう言った。

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