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第4章 第6話side.誠史

〜side.誠史(せいじ)〜 久しぶりに我が家へ帰った。 最後の帰国は、柊吾(しゅうご)が恋人を亡くした時だから2年前だ。 その間に雇っていた何人かの家政夫は、一度も会わないまま辞めてしまった。 少し前、麻斗(あさと)から『家政夫にいい子が入りました。父さんが反対したら、俺たちで養おうと思っています。家政夫の住民票をこちらに移す許可をください』と連絡がきた。 一応あの家の名義も、家政夫の給料を支払っているのも俺だ。 今までは家政夫が入った、辞めた程度の事務的な連絡のみだった。 いつも以上に熱のある文面。 成人した息子たちが俺に何かを要求する事はほとんどなかった。 単純に新しい家政夫に興味がわいた。 初めて会った環生(たまき)は、どこにでもいそうな平凡なタイプだった。 印象的だったのは優しい澄んだ瞳。 どんな人間かが知りたくて、強引に連れ出した。 おとなしそうな印象の環生。 だが、いざ腹をくくると全ての状況を受け入れて楽しもうとする心の強さを秘めていた。 息子たちの事を聞いたら、別人のようにウキウキ楽しそうに話し始めた。 俺が知っている彼らの長所がそのままだった事も喜ばしかったし、俺の知らない彼らの一面を知る事も興味深かった。 何より印象的だったのは、彼らの事を話す環生の表情がとても柔らかかった事。 あぁ、息子たちは環生の大きな愛情に包まれて生活しているのだと思った。 首筋にまだ新しいキスマークが見え隠れしていたから、きっと体の関係もあるんだろう。 息子たち3人が全員気に入る家政夫は、俺の知る限り環生が初めてだった。 運転をしながら、妻の事を話した。 妻とは大学時代の同級生だった事。 20歳から付き合い始めて卒業と同時にそのまま結婚した事。 俺にはもったいない程よくできた妻だった事。 そんな妻や息子たちに少しでも贅沢をさせてやりたくて、俺も必死に働いた事。 俺が仕事に夢中になって無茶をしても、何日も帰らなくても笑って許してくれた事。 息子たちの世話も家の事も何一つ文句を言わずにやってくれた事。 そんな生活に変化があったのは、秀臣(ひでおみ)が中学3年生の頃。 結婚記念日だから久しぶりに皆で過ごす約束をして、指輪と花束を買って帰った夜の事。 テーブルいっぱいのご馳走が並んでいて、待ち切れなかった麻斗と柊吾は大喜びでそれを食べていたけど、そこに妻の姿はなかった事。 秀臣が浮かない顔をしていた事。 寝室のベッドの上に離婚届と『探さないでください』の置き手紙があった事。 俺は妻に甘えていただけだったと気づかされた事。 仕事で成功して偉い男になったつもりだった事。 でも、一番身近な妻や息子たちを幸せにはできなかった事。 妻がいなくなって、子供服がしまってある場所も、息子の好物も、友達の名前も、ゴミの日がいつなのかも知らなかった事に気づいた事も話した。 「…奥さんを探さなかったんですか?」 「俺に何も要求しなかった妻が『探さないで』と言ったんだ。最初で最後のワガママだ。探せる訳がないだろう?すぐに離婚届も出した。少しでも早く俺から解放するのが、夫としての最後の務めだと思った」 俺がそう伝えると、環生がうつむいてしまった。 もしかしたら泣いているかも知れない。 そんな顔をさせたい訳じゃない。 俺はそっと環生の髪を撫でた。

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