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第4章 第11話side.誠史
〜side.誠史 〜
環生 がそっと俺の肩に頭を乗せた。
海風で冷えた肩に感じる環生の温もり。
甘えるようなその仕草。
気づけば華奢な肩を抱いていた。
一瞬驚いた顔をした環生はふふっと笑った。
「酔うとダメですね。人肌が恋しくなります」
そう言って体を寄せてくる環生の大人びた表情。
その反面、俺の二の腕あたりをきゅっとつかむ仕草はどこか幼かった。
そのアンバランスさに、庇護欲がかき立てられた。
食事を終えた後、上げ膳据え膳に慣れていないらしい環生は、空になった食器を前にどこかそわそわしていた。
きっと係の者が布団を敷いてくれる時も所在なさげにするんだろう。
旅に出た時くらい甘えて楽をすればいい。
まだ新婚時代の妻と来た時も同じようにしていたのを思い出して、少し懐かしくなった。
自然な流れでその場を離れられるよう、夜風に当たらないかと声を掛け、環生を連れ出した。
環生はホッとしたような表情を浮かべてついてきた。
「寒くないかい?」
「あ、はい…。ありがとうございます」
ほろ酔いの環生は相変わらず恥ずかしそうに俺の隣に立った。
家族の話をしていた移動中はそうでもなかったが、食事をしている時や買い物をしている時に俺が話しかけると恥ずかしそうにする環生。
俺が見ていない時は自然に微笑んでいるのに、俺の視線を感じるとまた恥ずかしそうにする。
一緒に温泉に入らないかと誘ったら、飛び上がるくらいに驚いた。
せっかく2人で来たのだから1人で入るのはつまらない。
その程度の軽い気持ちだった俺は、環生の反応に驚いた。
顔を真っ赤にして逃げていった環生の後ろ姿を見ながら、その理由を考えた俺は一つの結論にいきついた。
考えが及ばなかった事を恥じた。
環生は望んで秀臣 たちに抱かれているようだから、きっと男に恋愛感情を抱くのだろう。
そんな環生にとって、男に誘われて風呂に入るのは、おそらく衝撃的な事だったんだ。
単純に俺と入るのは嫌だったんだろうか。
それとも、手を出されるかも知れないと思って怯えたのだろうか。
しまった事をした。
考えなしに誘ってしまって悪かったと思った。
今までの恋の相手は女性だけ。
男は未知の世界だ。
環生に不快な思いをさせただろうから後で謝ろうと思いながら、湯船に向かった。
きっと環生は姿を現さないだろうと、半ば諦めながら。
「お待たせしました」
しばらくすると聞こえた環生の控えめな声。
環生の姿を見た俺は、息を呑んだ。
洋服を着ている時は普通の若い子といった印象だったのに、裸になって恥ずかしそうに掛け湯をする環生は何故か妖艶に見えた。
透き通るように白くて滑らかな肌。
所々に散りばめられたキスマーク。
これは息子たちの仕業なのか…。
手を差し伸べると、遠慮がちに手を乗せてきた。
同じ男の手とは思えないほど柔らかくて華奢だった。
環生が安心して温泉を楽しめるよう、話題に気をつけた。
にごり湯でお互いの裸が見え辛い事に安心したらしい環生は、いくらかリラックスしたようだった。
その穏やかな笑顔と妻の笑顔が重なって見えたような気がして、何度も瞬きをした。
「そうだな…。俺も同じだ」
肩を抱いていた手で環生の髪を撫でる。
環生は嬉しそうに微笑んだ。
浴衣姿の環生の不思議な色香。
着崩す事なく身を包んだ環生に隙などないはずなのに。
先ほど見た環生の清らかな肌には男につけられた無数の紅い痕があった。
男との情事をうかがわせる艶っぽい裸の環生と清楚な浴衣姿の環生とのギャップ。
どちらが本当の環生だろうか。
「…ありがとうございます、連れてきてくれて」
「気に入ったかい?」
「はい…。こんなにゆっくり星空を眺めるの久しぶりです」
あ、流れ星…と、環生は目を輝かせた。
「この星空を小瓶に詰めて持って帰れたらいいのにな…」
環生の言葉を聞いた途端、体に衝撃が走った。
同じ事を言った妻の姿や表情を鮮明に思い出した。
「……っ…」
こみ上げた涙がこぼれて頬を伝う。
「誠史さん?」
心配そうに俺を見上げる優しい瞳。
もう、妻にしか見えなかった。
どうにも堪え切れずに、環生を強く抱きしめて奪うように唇を重ねた。
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