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第4章 第12話
「んっ…誠史 さん、待って…!」
俺は慌てて誠史さんの胸を押した。
でも全然待ってくれないし、キスも濃厚になっていく。
「誠史さん!」
腕の中でめちゃくちゃに抵抗したら、ようやく動きが止まった。
「…っ……すまない…」
我に返った誠史さんはすぐに俺を解放して、どうかしていた…と、頭を抱えた。
自分のした事を激しく後悔しているように見えた。
「だ、大丈夫です…」
俺は声の震えを我慢しながら、それだけ伝えた。
あれ?誠史さんが泣いてる…と思った瞬間、俺は誠史さんの腕の中にいて、キスをされていた。
誠史さんとのキスは嫌じゃなかったけど、その理由を知りたかった。
酔った勢い?
俺をからかっただけ?
それともエッチな気分になっちゃったから…?
俺は黙って誠史さんの言葉を待った。
「環生 が…妻に見えてしまったんだ。それでつい…。本当に悪い事をした。怖かっただろう…」
少し落ち着いた誠史さんは、申し訳なさそうに小さな声でつぶやいた。
「怖いって言うより驚いた感じです。…でも、理由を聞いて納得しました」
きっとここは奥さんと来た思い出の旅館。
もしかしたらお昼のフランス料理のお店も、立ち寄った喫茶店もそうかも知れない。
今日一日、誠史さんが優しくしてくれたのも、愛おしそうに俺を見つめたのも、きっと俺の姿に若い頃の奥さんを重ね見てたからなんだと思った。
だってそうじゃなかったら、ノンケさんの誠史さんが自分の息子と同じくらいの歳の俺にそんな態度をとるはずないから…。
俺は誠史さんと過ごして楽しかったから少し淋しい気もしたけど、きっと誠史さんの中でまだ気持ちの整理がついてないのかな…と思った。
昼間に誠史さんが教えてくれた事が本当なら、奥さんと別れたくて別れた訳じゃないはずだから。
まだ心のどこかで奥さんを想っていて、別れてしまった事を後悔しているのかも知れない。
もしかしたら、年月だけは経ってしまったけど、別れた事実を自分の中で消化しきれていないのかも知れない。
そう思ったら、急に誠史さんが愛おしく思えて、守ってあげたくなった。
俺より背も高くて体格もいいのに、何故か儚げに見えてしまった。
俺はそっと誠史さんの手を握った。
まだ当時のまま、その場にとどまってしまっている誠史さんの心に寄り添いたいと思った。
俺が奥さんの身代わりになれない事はわかってる。
俺を抱いたくらいで気持ちに区切りがつくとは思えない。
でも…俺に気持ちをぶつけて誠史さんが少しでも楽になれるなら抱かれてもいいと思った。
でも、その可能性なんてない。
秀臣 さん達が綺麗だとか、可愛いとか言って俺を抱くから勘違いしそうになるけど、世の中の男性の誰もが男の俺に欲情する訳がない。
だけど、辛い時にいつも柊吾 が側にいて抱きしめてくれたみたいに、俺も誠史さんのために何かしたかった。
温もりを感じて安らいで欲しかった。
「俺…誠史さんの抱き枕になります。枕だから何も見ないし、聞きません。奥さんの身代わりでもいいです。泣いても愚痴っても甘えても…。誠史さんの思いを俺にぶつけてください」
優しく頰に触れると、誠史さんは静かに首を横に振った。
「環生は環生だ。身代わりだなんてそんな酷い事はできないよ。環生にも悪いし、大切な環生を粗末に扱ったと秀臣たちに知れたら、一生口を聞いてもらえないだろう…」
大丈夫だ、ありがとう…と、頭を撫でられた。
誠史さんの嘘つき。
本当は大丈夫じゃないくせに。
そうやって何でもない振りをして、感情を抑え込んで全部1人で抱え込むから身動きが取れなくなるんだ…。
「俺の同意なしにあんな事する方がよっぽど酷いです。今は自分の意思で抱き枕になろうと思ったんです。全部同意の上だから誠史さんが何をしても受け止めます」
背伸びをして、誠史さんの頬に口づけた。
俺に甘えるキッカケになればいいと思った。
「…そんな事をして、もし俺がその気になって、手を出そうとしたらどうするつもりだい?」
「大丈夫です。理由があって誠史さんがそうするなら…好きにしてくれてかまいません」
誠史さんを見つめて言い切ると、安心したような、切ないような複雑な表情を浮かべた。
何を思ってるんだろう…。
本当はそっとしておいて欲しかったのかな…。
迷惑だったかな…。
様子を伺っていると、いきなり腰を抱かれて部屋へ連れて行かれた。
俺を押し倒すように布団に寝かせた誠史さんは、俺の下半身に馬乗りになった。
うわぁ、どうしよう///
好きにしていいとは言ったけど、ノンケさんが俺相手に勃つ訳ないと、完全に油断していた。
まさかの展開に驚いて、口から心臓が飛び出しそうになったけど、なるべく平静を装った。
「この状況でも同じ事が言えるかい?」
試されてる…そう思った。
俺が自分の胸の内を吐露するのにふさわしい相手かどうか探ってるんだと思った。
「言えます。誠史さんの気が済むようにしてください」
一瞬たりとも目をそらさないつもりで誠史さんを見つめた。
俺の本気を感じて欲しかった。
「…環生には…本当に驚かされるよ。腹をくくった環生は無敵だなぁ」
誠史さんの嬉しそうな困り顔。
彼をまとう雰囲気が少し和らいだ気がして嬉しくなった。
「誠史さんに笑って欲しい…。それだけです」
「…本当に受け止めてくれるのかい?」
きっと…これが最終確認。
「はい…。大人の誠史さんだって甘えていいんです」
誠史さんの頰を撫でながら微笑むと、ぎゅうっと抱きしめられた。
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