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第4章 第25話side.秀臣

〜side.秀臣(ひでおみ)〜 先日の電撃帰国から1か月もたたないうちに父さんが帰ってきた。 目的は明らかに環生(たまき)。 1泊2日の温泉旅行ですっかり環生の虜になってしまったんだろう。 その気持ちを充分理解できた俺たちは、驚きつつも黙ってそれを受け入れた。 父さんの一方的な寵愛だと思っていたら、どうやら環生も父さんの事を気に入っているらしい。 父さんが帰ってきてからの環生は満開の花のような笑顔を浮かべ、いつになく張り切って料理や父さんの身の回りの世話をした。 大人同士の恋愛に口を出すつもりはないが、父さんと環生が恋人になったら諸々複雑な上に、環生がロンドンへ行ってしまうかも知れない。 淋しくなるから個人的にそれだけは避けたい。 「今日は誠史(せいじ)さんと一緒に眠るね」 風呂上がりの環生は柊吾(しゅうご)と俺に告げると、ソワソワしながら自分の部屋へ引っ込んだ。 「何だよ、あれ…。絶対今からヤル気だろ…」 明らかに落胆した様子の柊吾。 環生の番犬と化しつつある柊吾は、俺たちより環生への執着が強い。 環生の事となると周りが見えなくなるし、『環生は俺のだ』と言わんばかり。 それはもう恋だろうと、麻斗(あさと)とも話しているが、当の本人は気づいていないらしい。 このまま部屋に戻っても、柊吾は眠れないだろう。 話し相手にでもなろうと、冷蔵庫からビールを出して食卓に並べた。 環生の部屋から多少の物音が聞こえ出したから、きっと事が始まったんだろう。 物音や声を気にしないよう、しばらくたわいもない会話をしていたが、柊吾は完全に心ここにあらずだ。 やたらと環生の部屋の方を気にしている。 「俺、やっぱり確かめてくる。父さんと環生が何してるのか気になって仕方ない」 「待つんだ、柊吾」 「嫌だ、待たない」 父さんと環生のセックスを盗み聞きするなんて趣味が悪すぎる。 追いかけて止めたが、頭に血が昇った柊吾に言っても無駄だった。 環生の部屋に近づくと何かしらの物音。 ここまで来たら俺も気になる。 結局兄弟揃って、環生のセックスを盗み聞きする事になった。 「どうしよう…皆に聞こえちゃう///あぁん、あんッ…誠史さん…」 俺たちとしている時より明らかに色っぽい喘ぎ声。 思わず柊吾と顔を見合わせた。 その後も我を忘れたような環生の涙混じりのよがり声が響く。 予想より濃厚だ。 環生の嬌声に下半身が兆し始めたのがわかる。 ほんの一言、二言声を聞いただけで体が反応するなんて、俺も随分と環生に執着しているらしい。 柊吾は時々眉間にシワを寄せながらも、興味津々で耳を傾けていた。 これ以上聞いていたら、興奮した柊吾が乱入しかねない。 『環生は見られながらするのが好きなんだ』とか何とか言いながら。 さすがに父親のセックスを目の当たりにする気にはなれない。 柊吾の肩に触れて離れるように促す。 柊吾は嫌そうな顔をしたが、静かに首を横に振ると渋々従った。 「もう1杯飲むか」 声をかけると黙ってうなずいた。 冷蔵庫のビールを2人分のグラスに注ぐ。 「なぁ…秀臣。環生、父さんの事気に入ったのかな」 「どうだろうな。環生は無類のセックス好きだからそれだけでは判断できないな。終わればあっさり冷めるかも知れないぞ」 環生は本当にセックスが好きだ。 ある程度相手を選ぶ基準はあるだろうが、割とそのあたりは緩い。 悪く言えば貞操観念が低いんだろう。 でも環生はいつも全力だ。 向き合う相手といつも真剣に想いを交わしている。 その点では一途なんだろうか。 まぁ、誰かに操を立てているような子だったら、俺たちとの生活も成り立たないだろうが。 「環生は体を許した男全員が同等に好きで、セックスする時はそいつが一番好きになって、終わったらまた皆同率一位に戻るってそんな事わかってるからセックスするのは別にいいんだよ」 スネたようにグラスの水滴をいじる柊吾。 「父さんが環生を気に入ったのはわかってる。でも、環生が父さんの事気に入って、ロンドンに行くって言い出したらどうしようって」 柊吾の淋しい気持ちは充分にわかる。 きっと麻斗も同じだろう。 仕事に行く時も『俺が帰る前に父さんが環生を連れて帰国しようとしたら全力で止めて欲しい。会わないまま環生と離れるのは嫌だから』と言い残していった。 「その前に環生に告白して恋人になってもらえばいいだろう」 「なっ、なんでそうなるんだよ。俺…別に環生の事、そういう目で見てないし///」 柊吾の言葉は強がりなのか、自分の気持ちに気づいていないのか、本当に環生に対して恋愛感情がないのか、俺にはよくわからなかった。 「なら柊吾もロンドンへ行けばいい。お前は身軽だろう。留学する事にして父さんの家に転がり込めばいい」 「さすがにそんな事したら邪魔者だろ」 柊吾は、はぁっ…とため息をついて、机に伏せた。 同じくらいのタイミングで向こうが静かになったかと思ったら、すぐに2回戦が始まった。 さっきより盛り上がっている様子。 聞いた事もないような卑猥な言葉でおねだりしているようだ。 恥ずかしがり屋の環生にあんな事を言わせるなんて。 巧みな話術も、あの歳ですぐに復活する父さんも大したものだ。 今夜は朝までコースだな…と思っていたら、柊吾がまた長いため息をついた。 「秀臣…マズイ。俺…ますます勃った」 独り言のように柊吾がつぶやいた。 「偶然だな。俺もそうだ」 柊吾は顔を上げると、お前もか…と言いたそうな顔でニヤリと笑った。 「俺たち何やってんだろうな。兄弟揃って盗み聞きして勃起してるなんてヤバイだろ…」 「そうだな、だが環生のあの声を聞いて興奮しない訳がない」 「だよな…。環生の喘ぎ声、エロくて破壊力抜群だもんな」 酔いも手伝ったのか、だんだん可笑しくなってきた。 「仕方ないから各自慰めるとしよう」 空いたグラスを片付けようと立ち上がると、柊吾も笑って空き缶を片付け始めた。 「だな。俺…最後にもう1回だけ環生のやらしい声聞いてから部屋に行く」 「なら俺も行こう」 同調すると柊吾が呟いた。 「…秀臣がいてくれてよかった。いなかったらきっと耐えられなくて乱入してた」 「だろうな。淋しいなら、久しぶりに一緒に寝るか」 「ん…さすがにそれはやめとく。兄弟でオナニーの見せ合いとか切なすぎるだろ」 連れ立って環生の部屋の近くへ行くと相変わらず行為は続いていた。 『もっと前立腺擦って…。後ろでイカせて…』 環生の懇願を聞いた俺たちは、同時に下半身を押さえて、早々にその場を後にした。 「あの…さ」 部屋の前まで来ると、柊吾が口を開いた。 「どうした、柊吾」 「いてくれてありがとな///」 耳まで真っ赤にした柊吾は、俺を見ないまま部屋へ入っていった。 いくつになっても柊吾は可愛い弟だ。 繊細で素直で、本当は淋しがり屋で。 環生の気持ち次第だが、父さんが帰ったら真っ先に環生と過ごせるようにしてやりたい。 俺は温かい気持ちを抱えたまま自室のドアを開けた…。

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