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第4章 第27話
「行ってきます。秀臣 さん、麻斗 さん」
「行ってらっしゃい。柊吾 、環生 。ゆっくり楽しんでおいで」
麻斗さんは『柊吾を頼むね…』って言いたそうな顔をするから、黙ってうなずいた。
「あぁ、気をつけてな」
秀臣さんの『気をつけて』には、無理をするなよってメッセージがこもっていた。
2人に行ってらっしゃいのキスをしてもらって、家を出た。
今日は家から5つめの駅のところにある映画館へ行く。
柊吾と初めての映画館デート。
柊吾が出かけたいって言う日がくるなんて。
どうしてその気になったんだろう。
いつも俺を独り占めする時は、片時も離れずに家事をする俺を追い回すだけなのに。
誠史 さんと温泉旅行に行ったのが羨ましかったのかな。
行き先は俺が決めていいって言うから、水族館や買い物と迷ったけど、引きこもっていた柊吾をあちこち連れ回したら疲れちゃうかな…と思って、静かに座っていられる映画にした。
「柊吾、体辛くなったら言ってね。無理しないでね」
「あぁ、大丈夫だ。環生も何かあったら言えよ」
柊吾は外に出た途端、俺の腰を抱き寄せたり、信号待ちの度に髪に触れたり…と、やたらかまってくる。
人目があるから、そこまでベタベタされると恥ずかしい。
こんなに元気なら体の心配なんてしなくてもよかったかも。
「柊吾、止めてよ…。近所でそんな事したら恥ずかしい///」
「環生に言い寄ってくる奴がいるといけないから虫除けだ」
そんな事言ってるけど、ただイチャイチャしたいだけな気がする。
柊吾たちみたいな特殊ケースは別として、俺がそんなにモテる訳がない。
平日のお昼間でも電車はそれなりに混んでいた。
迷子防止だと、ずっと俺の手を握ったままの柊吾。
いつもと変わらない電車なのに、俺は少し居心地の悪い思いをしていた。
歩いていても、電車に乗っていても感じる人の視線。
俺1人の時は感じないから、視線を集めてるのは隣にいる柊吾。
皆がカッコイイ柊吾を見てる。
『見て、あの人イケメン』
『背高ーい。オーラが眩しい』
『えー、どこどこ?ホントだ』
そう言ってキャッキャしてる若い女の子たち。
歩いてる時はさほど気にならなかったけど、車内だとそんな話し声まで聞こえてくる。
俺たちが立ってる扉の側からはある程度距離があるのに、あんなに大声で。
柊吾は慣れてるのか、他人に興味がないのか知らん顔をして窓の外を見てる。
ちょっと切なそうな横顔に胸がギュッとなる。
柊吾はこんなに人目に晒される生活を送ってたんだ…。
窮屈じゃないのかな。
「柊吾、今…何を感じてるの?」
「ん…久しぶりの街だなぁって。でも、窓から見る景色も、電車の空気感も変わらないな…と思って」
世間の視線や言葉なんて少しも気にしてないそぶりに安堵した。
「環生と来れてよかった。外歩くのも電車に乗るのもためらったけど、環生が一緒だったから…。ありがとな」
微笑んだ柊吾が繋いでいた手を離して、そっと俺の腰を抱いた。
甘えるように俺の髪に頭を埋める。
…もしかして、家を出てからずっと俺にくっついていたのは不安だったから…?
虫除けとか迷子防止とか言ってたけど、本当は違ったの…?
最初から素直に言ってくれたらあんなに冷たくしなかったのに。
もっと優しくできたのに。
柊吾のバカ…。
それから、ごめん…。
俺からも体を寄せようと思ったその時だった。
『ねぇ、見て。あの2人付き合ってるのかな?』
『嘘…だって男同士だよ』
『えー、ショック。声かけたかったのに』
周りの声がさっきより一段と大きく聞こえた気がした。
どうしよう…何か嫌だ。
胸がモヤモヤする。
最初は、関係ない人たちが柊吾のビジュアルだけを見て勝手に騒ぐのが嫌だと思ってた。
でも、柊吾の行動をいちいち言葉にして、柊吾の生活を邪魔するのがもっと嫌だと気づいた。
勝手に期待して、勝手に判断して、勝手に落胆して…。
柊吾の事、何も知らないくせに。
柊吾は見た目だけでなく中身もカッコイイし、亡くした恋人をまだ大切に想ってる優しくて繊細な人。
無責任な言葉で勝手に柊吾をジャッジしないで…!
それを表に出さないで…。
我慢できなくなった俺は、柊吾の手を引くと、次の駅で止まった電車から飛び降りた。
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