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第4章 第28話side.柊吾

〜side.柊吾(しゅうご)〜 久しぶりに電車に乗った。 またこうして外を出歩く日がくるなんて思いもしなかった。 外に出られたのは、環生(たまき)のおかげだ。 恋人を死なせた俺の後悔や悲しみを環生が丸ごと包み込んで癒してくれたから。 環生が俺に一歩踏み出す勇気をくれた。 外に出てみたいと思うようになったけど、これといったキッカケがなかった。 怖さもあって尻込みをしていたそんな中、父さんが帰ってきた。 父さんは勢いだけで環生を温泉旅行へ連れていってしまった。 俺たちの心配をよそに、環生は初対面の父さんと一気に親しくなって帰ってきた。 環生は父さんが買い与えたらしいネックレスを身につけ、事あるごとに置き時計を眺めてロンドンの時間を確かめて、ふわふわと笑っていた。 俺はそれが羨ましいと感じた。 俺も環生とどこかに出かけて、もっと仲良くなりたいと思った。 俺も環生に何かプレゼントして、嬉しそうに笑う環生を見たいと思った。 俺は家族に甘えてこの生活をしているから収入なんてある訳ない。 必要な物は欲しいと言えば与えられたけど、その資金だけは自分の力で何とかしたかった。 麻斗(あさと)の店のDM作りを手伝わせてもらってデート代を確保した。 父さんが帰った今がチャンスだ…と、環生を誘ったら、驚いた顔をしたけどすぐにいいよと笑ってくれた。 でも、実際に家を出るのは勇気がいった。 この前は帰ってこない環生が心配で、勢いで飛び出したようなもの。 改めて自分の足で外へ出るのは不安だった。 環生に、この不安定な気持ちを伝えたら、環生は何も言わずにフォローしてくれると思う。 体力的にも精神的にも頼ったら、環生が気疲れするだろう。 せっかくのデートだから楽しんで欲しかったし、俺もカッコつけたかった。 家を出てからは何だかんだ理由をつけて、環生に触れ続けた。 環生がちょっと嫌がっているのはわかってたけど、俺は触れる手を止められなかった。 この温もりを感じていれば大丈夫だと言い聞かせて、ちょっかいをかけ続けた。 駅や街の様子は変わっていたけど、窓から見る景色も、人々の様子もあの頃のままだった。 相変わらずすれ違いざまに俺をジロジロ見る奴も、俺の存在に騒ぐ奴もいた。 俺は慣れていたが、環生は居心地が悪そうにしていた。 俺を気づかうそぶりをするから、気持ちを話してそっと抱き寄せた。 環生は俺だけを見て俺だけの話を聞けばいい。 周りの実のない事を言う連中の存在なんて無視だ、無視。 そんな言葉にいちいち耳を傾けて、環生が何か感じる必要はない。 そう伝えようと思っていたら、環生がいきなり俺の手を引いて電車を降りた。 映画館のある駅はまだ先だ。 何があったんだ!? 環生は俺の顔を見ようとしない。 俺がかまうと嫌がってたから、とうとう怒ったのか? 口を真一文字に結んだ環生はグイグイと俺をホームのベンチまで引っ張っていくと、座るように言った。 環生のただならぬ様子を感じて、素直に従うと環生もすぐ隣に腰をおろした。 「急にどうしたんだよ、環生」 「…あの電車…嫌だったから…」 それだけ言った環生はちょっと頰を膨らませて明らかに怒っていた。 「何だよ、何怒ってるんだよ」 「柊吾に怒ってる訳じゃない。でも今、気持ちを整理してるからちょっと待ってて…」 眉間にシワを寄せた環生がつぶやいた。 俺が電車の中で環生を抱き寄せて、髪のにおいを嗅いだあたりから様子がおかしい。 何か気に入らない事があったなら話して欲しい。 2人でいるのに、自分だけで解決しようとするなよ…。 頑固な環生に話せって言っても無駄だ。 仕方ないから環生のご機嫌取りをして、自分から話し始めるのを待つ事にする。 「なぁ、環生」 優しく声をかけて手を握った。 「何…」 いつもより低めで、冷ややかな声。 でも拒絶されてる感じはない。 本当に俺に怒っている訳ではなさそうだ。 調子に乗った俺は、そっと環生を抱きしめた。

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