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第5章 第9話
「柊吾 …」
その日の夜の事。
お風呂を済ませた俺は、リビングでテレビを見ている柊吾に声をかけた。
秀臣 さんは自分の部屋で仕事の電話をしていたし、麻斗 さんは仕事に行ってしまった。
「何だよ」
明らかに冷たくて乾いた声。
全然俺の方を見てくれない。
胸がキュッとなったけど、勇気を出して聞いてみた。
「今日…柊吾の部屋で寝てもいい?」
「…別に俺じゃなくてもいいだろ。隣のアイツのとこ泊まりに行ってこいよ」
柊吾はまだ俺を見てくれなかった。
あからさまな拒絶。
「柊吾、どうしてそんな意地悪言うの…」
柊吾は何があっても、いつも俺の味方だったのに。
俺を無視なんてしなかったのに…。
目の奥がツン…と痛んで涙がにじんできた。
柊吾は一瞬心配そうな顔をして俺を見たけど、すぐに顔を背けてしまった。
「…お前、昨日あんな目に遭ったばかりだろ…。心配だから買い物も着いて行こうと思った。でもお前は近所だし、すぐ帰ってくるって言って1人で出ていった。その割に全然帰って来ないし、電話も出ないし、俺が心配してるのなんておかまいなしで、俺に嘘ついて男の家でヤッてたんだろ…」
俺を心の底から軽蔑したような冷たい声。
柊吾にそう思われても仕方ない結果になってしまったし、俺にも悪い部分はあるけど、勝手に決めつけられて悲しい気持ちになった。
いつもなら話を聞いてくれるのに…。
「嘘なんてついてない…。近所に買い物に行って、お礼だけ渡してすぐに帰ってくるつもりだった。セックスする事になったのは成り行きで…」
「昨日会ったばかりの奴の家で体許すなんて何考えてるんだよ。隙だらけだろ…。アイツが危ない奴だったらどうするつもりだよ」
「豪 さんは危ない人じゃない。優しい人だよ…」
俺は必死に豪さんを庇った。
だって電車で豪さんが助けてくれなかったら、痴漢の言いなりになって犯されてたかも知れない。
今日だって優しかったし、それに…!
「ふん、危なくないならいいだろ。早くその優しい奴のところへ行けよ。俺なんかと寝てもこうやって責められるだけだ」
何を話しても一方通行。
俺の話を聞く気なんてないんだ…。
「…っ、もういい!」
俺はそれだけ言ってリビングを飛び出した。
酷いよ、豪さんを悪く言うなんて…!
俺が思い通りにならなかったからって、あんな態度とるなんて…。
でも、柊吾の言ってる事は正論。
正しすぎて反論できなかった。
逆の立場だったら、きっと俺も柊吾と同じ事を言うと思う。
流れでこうなってしまったけど、豪さんに抱かれた事は後悔してなかった。
豪さんは俺が抱かれたいと思って身を委ねた人だから。
本気で豪さんの家に行こうかとも思ったけど、ここで豪さんの家に駆け込んだら豪さんにも迷惑だし、柊吾が怒り狂って乗り込んでくるに決まってる。
言い方はキツかったけど、それだけ俺の事を心配してくれてる証拠。
柊吾も胸のモヤモヤを上手く発散できなくて、あんな事になってるんだと思う。
頭ではわかってる。
わかってるけど…。
もっと上手に甘えればよかった。
色仕掛けでも何でもして、柊吾にくっつけばよかった。
触れ合いさえできれば、きっと素直になれたはずだから…。
「はぁ…どうしよう…」
ここで俺も意地を張ったら、関係を修復できなくなるってわかってる。
でも、リビングに引き返して甘える勇気はない。
今、本気で柊吾に拒絶されたらきっと耐えられない…。
でも、このまますれ違ったままなのも嫌だ。
秀臣さんも麻斗さんも頼れない。
自分で何とかしなくちゃ…。
涙を拭いた俺は柊吾の部屋に向かった。
勝手にベッドに潜り込んで布団をかぶった。
ここで柊吾を待って、部屋に来た柊吾にもう一度話をしよう。
そう心に決めた…。
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