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第6章 第2話
「行ってらっしゃい」
ベランダから皆に向かって手を振った。
大声出したら近所迷惑なのはわかってるけど、どうしても声に出して伝えたかった。
俺に気づいた柊吾 が真っ先に手を振り返してくれる。
秀臣 さんと麻斗 さんも後に続く。
「気をつけてね。元気で帰ってきてね」
そうつぶやきながら、皆が乗った車が見えなくなるまで見送った。
「はぁ…行っちゃった…」
皆が出かけたから、広い家にひとりぼっち。
シン…と静まり返って、時間が止まってしまったかのように音も動きもなくなってしまった。
皆との暮らしは楽しくて幸せで…俺も家族の仲間入りをさせてもらった気になっていたけど、今回の親戚関係の行事があって初めて実感した。
俺は皆の家族にはなれない。
世の中的には俺1人だけ他人、部外者なんだって…。
現実を突き付けられた気がして、ちょっと淋しくなった。
「だめだめ、しっかりしなくちゃ」
しょんぼりしてても仕方ない。
泣いてても笑ってても時間は同じ。
一通りの家事をしたら1人の時間を満喫しよう。
今日は自分のためだけに時間を使おう。
よく考えたらこんなレアな体験、なかなかできないし。
皆が帰ってきたら、こんな楽しい事したよって話そう。
俺はそう切り替えて初めてのソロお留守番を楽しむ事にした。
お昼は宅配ピザ。
いつもは皆で分けてるから自分の限界を知らない。
1人でどこまで食べられるか挑戦してみようと思ってLサイズを注文したけど、3切れ食べただけでお腹がいっぱいになってしまった。
いつもはもう少し食べられるのに。
皆で分け合って食べるのが楽しいから食欲がわくのかな。
いつもは誰かが見てるから、なかなか自分の好きな番組を見られないテレビ。
録画した映画を見ようと思って見始めたけど、一緒に見てくれる人も、終わった後に感想を話す相手もいないから、いつもほど楽しくなかった。
皆、どうしてるかな…。
そろそろ飛行機が着く頃だなぁと、旅行に行った時に誠史 さんが買ってくれた時計を眺める。
誠史さんもちゃんと向かってるかな…。
そう思っていると、手元のスマホがメッセージの受信を告げた。
送り主は柊吾。
「ちょ、何これ…///」
送られてきたのは『空港に着いた』のメッセージと、空港の入口で撮ったらしい3人の集合写真。
お互い微妙に距離感のあるよそよそしい感じで立ってるし、あんまりカメラの方見てないし、おまけにちょっと照れ臭そう。
この写真を誰かに撮ってもらったのか、タイマーを使ったのかわからないけど、そんな3人を想像したら笑えてきた。
誰が撮ろうって言い出したんだろう。
きっと俺が心配してると思って送ってくれたんだよね…。
俺のために…嬉しい///
俺も何かお返しをしたくて、自撮りに挑む。
…けど、なかなか上手く撮れない。
真顔はちょっと怖いし、キメ顔も恥ずかしい。
モタモタしてるうちに、柊吾から追いメッセージが来てしまった。
『環生 は大丈夫か、淋しくないか?』
淋しいよ…。
だってこの家に来て、ずっと誰かと一緒だったんだから。
特に…柊吾とは。
俺は恥ずかしいのを堪えて、ちょっと上目づかいのおねだり顔の写真を撮った。
本当は『早く帰ってきてぎゅってして』って伝えたかったけど、そんな事言ったら本当に柊吾が帰ってきてしまいそう。
アプリで加工して『お土産待ってるね』と、メッセージもつけた。
既読になったと思ったら、すぐに柊吾から返信があった。
『帰ったら真っ先に抱きしめる』
グループLINEだから、秀臣さんや麻斗さんも見てるのに。
でも、言葉にしなかった俺の気持ちに気づいてくれたのが嬉しい。
ホットココアみたいに甘くて優しくて、温かい気持ちになった。
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