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第6章 第20話
「誠史 さん、苦しいです…」
離して欲しくて胸を押すけど、びくともしない。
離れようとすればするほど、誠史さんの腕に力がこもる。
誠史さんの様子がいつもと違う。
いつもは余裕たっぷりで人生を楽しんでる感じなのに。
今日の誠史さんはちょっと辛そう。
俺に対して何か遠慮してる感じがする。
そうかと思えば俺を束縛するみたいにこうやって抱きしめる。
「誠史さんの感じてる事…俺にも教えてください」
理由を聞くと、しばらく間があって…それからふっと拘束が緩くなった。
誠史さん…何があったの…?
言いづらそうな素振りの誠史さん。
腕の中で黙ったまま言葉を待った。
「…環生 の寝顔を見ながら、環生の将来を考えたら怖くなったんだよ」
誠史さんは絞り出すようにそれだけ教えてくれた。
何が怖いんだろう…。
それだけではよくわからなかった。
「俺は環生の倍くらい年上だから、確実に先に死ぬ。いずれ年老いて環生を抱けなくなる日もやってくる。環生には未来がある。そんな俺がいつまでも若い環生を引き止めてはいけない。離れた方がいい…。そう考えていたんだよ」
俺はその言葉に衝撃を受けた。
離れた方がいいってどういう事?
誠史さんが身を引く事が俺のためなの?
俺の気持ちは…?
「そんな大事な事…1人で勝手に決めちゃうなんて酷いです…。俺…誠史さんの体が目的で一緒にいるんじゃないのに…。誠史さんが抱いてくれなくてもいい。もしかしたら将来恋をする事があるかも知れないけど、誠史さんが大切な事に変わりはないし、誠史さんにはいつまでも可愛がって欲しいのに…」
もっともっと伝えたい事があるのに、涙や鼻水が出てくるし、しゃくりあげてしまうから上手く伝えられない。
それがもどかしくて、もっと泣けてしまう。
「悪かった、環生。環生の気持ちも聞かずに勝手に離れようとして悪かった。だからそんなに泣かないでくれ…」
誠史さんはオロオロしながら俺の頭を撫で続けてくれた。
「…ダメだな、妻が出て行った時と何も変わらない。相手の考えや気持ちなんておかまいなしで、全部自分勝手に決めてばかりだ」
はぁ…とため息をつく誠史さん。
そうだよ…誠史さんのバカ…。
ちゃんと話してくれたら、お互いに辛い思いをしなくてもよかったのに。
「ダメじゃないです。誠史さんは優しいだけ。自分の事より俺の人生を優先してくれただけ…」
不器用な誠史さんの優しさ。
相手のために自分の感情を押し込めて…。
そんな誠史さんがどうしようもなく愛おしい。
「そう言って俺を認めてくれるのは環生だけだなぁ。そんな環生を手離そうなんて、もったいない事をしたなぁ」
冗談なのか本気なのかよくわからない口調。
俺の反応を伺ってるのかも…。
「…教えてください、誠史さんの気持ち…。俺と離れたいって本心ですか?」
知りたい、誠史さんの素直な気持ち。
周りの事なんて考えなくていいから…。
「そんな事あるものか。ずっと可愛い環生に側にいて欲しいと思ってる。いつまでもこうして可愛がってやれたらどんなに幸せか…」
誠史さんは俺を抱き上げて膝に乗せてくれた。
大切そうに、ふわっと抱きしめてくれる。
「ふふっ…嬉しいです」
俺からもぎゅっと抱きついて、誠史さんの頬に頬ずりをする。
このまま俺の側にいて欲しい。
誠史さんに好きな人ができるまででいい。
誠史さんは今も別れた奥さんを想ってる一途な人だから…。
そんな誠史さんが恋をしたら、きっと新しい恋人と俺との板挟みになって苦しむのがわかってる。
誠史さんの邪魔だけはしたくない。
だから俺は笑顔で誠史さんにおめでとうを言うつもり。
でも、誠史さんには内緒。
『こら、環生だって1人で勝手に決めてるだろう?』って叱られてしまうから。
結局俺たちは、最後の最後で自分のワガママを押し通す事ができないタイプ。
きっと似た者同士なんだと思う。
「環生を泣かせたお詫びに、今日は一晩中、環生の可愛いところを言ってキスし続けよう」
それで許してくれるかい?…と誠史さん。
俺にそんなにも可愛いところがあるはずない。
でも…誠史さんなら爪や産毛まで可愛いって言ってくれる。
俺が眠ってしまっても、ずっとずっと可愛いって言い続けてくれる気がする。
「俺も…誠史さんの素敵なところ言います」
俺がちゃんと誠史さんを大事に思ってる事を知って欲しい。
こんなところまで見ててくれたのか…って、誠史さんが嬉しくなっちゃうような細かいところまで全部伝えたい。
ふかふかベッドで腕枕をしてもらう。
見つめ合って手を繋いで…。
交代でお互いのいいところを伝えてキスをして…。
幸せで穏やかな時間。
心を交わすこんな夜もいいな…って思いながら、また唇を重ねた。
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