161 / 420
第6章 第22話
「誠史 さん、ありがとう。また帰ってきてね…」
俺は誠史さんが乗った飛行機が飛び立つのを見守りながらそうつぶやいた。
無事にロンドンまで着きますように。
飛行機の中で少しでも休めますように…。
思えば、誠史さんとちゃんとお別れするのは初めて。
最初は玄関先であっという間に帰ってしまったし、目覚めたらもういなかった事もある。
でも…今日は空港で。
朝から体を重ねた俺たちは、チェックアウトに間に合う時間まで抱きしめ合って過ごした。
それからは、空港のラウンジでお茶をしながら。
空港にいると、誠史さんと離れ離れになってしまう事が現実味を帯びてきて、淋しくて仕方なかった。
搭乗時間ギリギリまで手を繋いだり、寄り添ったりして過ごした。
行ってきますのキスをして、ゲートの向こうに手を振りながら消えていく誠史さん。
誠史さんが笑顔だったから、俺もずっと笑顔で手を振った。
でも、誠史さんの姿が遠のくと同時に、涙が込み上げてきて…。
姿が見えなくなったら、堪えきれなくなってその場で泣いてしまった。
空港のスタッフさんに心配をかけてしまったけど、人目を気にせず泣いたらスッキリした。
だってまた会えるから…。
気まぐれな誠史さんがいつ帰ってきてもいいように、俺も元気で過ごそうって心に決めた。
立ち直りや切り替えが早いのも俺のいいところ。
俺には帰りを待ってくれてる皆もいるし。
空港限定のお土産でも買って帰ろうかな…と思って歩き始めた時だった。
「環生 」
名前を呼ばれた気がして、キョロキョロすると、少し離れたところに秀臣 さんが立っていた。
「秀臣さん、どうして…?」
秀臣さん、仕事でどこか行くのかな…。
こっちへ歩いてきてくれるから、俺も急いで駆け寄った。
「環生を迎えに来た。父さんから連絡があってな」
「そっか…。ありがとう、秀臣さん」
「泣いていたのか…」
「ううん、もう大丈夫。秀臣さんが迎えに来てくれたから」
秀臣さんの腕に自分の腕を絡めてくっつく。
迎えに来てもらえて嬉しかったから。
誠史さんから連絡があったなんてたぶん嘘。
誠史さんは俺といる時、ずっと携帯を触ってなかったから…。
それに、秀臣さんがちょっとソワソワしてるから。
照れ屋で不器用な秀臣さんの優しい嘘。
くすぐったい気持ちでいたら、ふと視界に入った一人の女性。
あれ…あの人って…。
マンションのお隣の豪 さんに抱かれたあの日。
豪さんの家の前で泣いていた俺に声をかけてくれた女性が歩いていた。
すごくキレイでスタイルがよくて、優しい瞳をしていたから覚えてる。
絶対に彼女だ。
旅行の荷物を持ってる感じでもないから、誰かの見送りかお迎えかな。
それともショッピング…?
相手は豪さん…?
関係ないはずなのに、心配でつい目で追ってしまう。
彼女は誰かに向かって手を振った。
相手は大きなスーツケースを持った同じ歳くらいの男の人。
ずっと美しい大人の女性って印象だったのに、彼に会った途端、可愛らしい少女のように微笑んだ。
男性も彼女に会えて嬉しくてたまらないといった表情。
優しそうで、いい人オーラがにじみ出てる。
彼が恋人なのかどうかも、豪さんとの関係もわからないままだけど、今の彼女は幸せそうに微笑んでいた。
柔らかな笑顔は、あの時よりもずっと輝いて見えた。
「幸せになってね…」
思わず口にしてしまった言葉。
「ん、どうした環生」
「ううん、独り言。秀臣さん、俺ね…今、すごく幸せな気分」
俺は秀臣さんを見つめながら微笑んだ。
ともだちにシェアしよう!