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第7章 第19話side.秀臣
〜side.秀臣 〜
次の日の午前10時過ぎ。
二日酔いで痛む頭を抱えてリビングへ顔を出すと、そこには賢哉 がいた。
麻斗 と柊吾 と環生 と楽しそうに会話をしながらミカンを食べていた。
一瞬、ここの住人だったかと錯覚してしまうほど妙になじんでいた。
あちこちから聞こえるおはようの声。
「秀臣さん、おはよう」
体は大丈夫?と、環生が寄ってくる。
「あぁ大丈夫だ、おはよう。それよりどうして賢哉がここにいる」
「秀臣さん覚えてないの?昨日賢哉さんが酔った秀臣さんを連れ帰ってくれたんだよ。夜もずっと部屋で秀臣さんを見ててくれたんだから」
環生は呆れた様子で俺の分のお茶を淹れる。
「おはよう秀臣。まぁそういう事。夜遅いからそのまま泊めてもらったんだ」
きっと環生が帰ろうとした賢哉を引き止めたんだろう。
夜遅くて危ないとか、秀臣さんの側にいてあげてとか言って。
おそらく俺たちの関係を知っただろう環生はご機嫌に昼ご飯の準備を始めた。
麻斗も柊吾も何も言わないから、周知の事実なんだろう。
気恥ずかしい気もするが、家族や環生が賢哉を受け入れてくれた事も、賢哉が俺の日常に溶け込んでいる事も心地よかった。
エビピラフとコロッケ、野菜サラダ。
環生は嬉しそうに俺の側に賢哉の席を用意した。
5人で食事をして、麻斗は仮眠、柊吾は勉強のために自分の部屋へ。
1人で帰ろうとする賢哉を送るために一緒に家を出た。
賢哉がドラッグストアと花屋に寄りたいと言うから、車で待つ。
賢哉との付き合いは長いが、花屋へ行きたがるのは初めてかも知れない。
あれからもう10年か…。
ふと、賢哉と知り合った時の事を思い出した。
賢哉との出会いは俺が20歳の夏だった。
まだ大学でデザインの勉強をしていた頃だ。
知り合ったのは、友人と企画したファッションショーの会場だ。
賢哉は、友人の知り合いの一人だった。
賢哉はまだ無名の俺の作品をずいぶん気に入って、仲間との合同イベントや個展を開く度に顔を出した。
アパレル会社の広報として働いていた賢哉は、俺に業界関係者を紹介したり、集めた情報を話したり…と、俺が活動しやすくなるよう手助けをするようになった。
大学卒業後の俺はデザイン会社に就職したが、どうにも相容れなくてすぐにフリーになった。
誰にも相談しなかったし、何の下準備や根回しもしないままフリーになった俺に仕事があるはずもない。
賢哉はそんな俺を見て呆れ顔をした。
『秀臣には才能がある。こんなところで潰れるべきじゃない』
そう言って、販売ノウハウや人脈のない俺を専属でサポートするために会社を辞めた。
いくら優秀な賢哉の支援があっても、最初は洋服も売れないし、デザイナーとしての企業契約も取れない。
賢哉の貯金を切り崩したり、俺がアルバイトをしたり。
どうにもならない時だけ、父さんに借金もした。
軌道に乗り始めるまでは本当に苦しかった。
もう諦めた方がいいと何度も思った。
でも、賢哉は俺の才能を信じて疑わなかったし、俺もそんな賢哉のために努力を続けた。
賢哉はどんな時でも俺を支え続けてくれた。
納得のいく作品ができた時は『さすが僕が惚れ込んだ秀臣だ』と誉めたし、スランプに陥って何もできなくなった時は『僕は秀臣の作品が世界で一番好きだ』と励ました。
何があっても賢哉は俺の最大の理解者で味方で、一番最初についたファンだった。
どんな時も二人三脚でやってきた。
新しい価値を発信するブランドショップを開く事を夢見て、ずっと2人同じ方向を向いて走り続けてきた。
これからも仕事のパートナーとして生きていくと漠然と思っていた。
あの日が来るまでは…。
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