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第7章 第21話side.秀臣

〜side.秀臣(ひでおみ)〜 「待たせたな、秀臣」 ドラッグストアと花屋の用を終え、車に戻ってきた賢哉(けんや)は丁寧にラッピングされたオレンジ色のバラを一輪持っていた。 環生(たまき)に似合いそうな優しい色合いの小ぶりのバラだ。 助手席に乗り込んだ賢哉は、俺に二日酔いに効きそうなドリンクと缶コーヒーを差し出した。 「色々すまなかった。いきなり家族に囲まれて気まずかっただろう」 「そうでもないよ。環生が間に入ってよくしてくれたから。それに弟たちもそれぞれ優しいいい子たちだ」 賢哉は優しい表情で缶コーヒーを飲む。 賢哉が俺の家族に対して好意的な事が嬉しいと思った。 「そうか…」 「秀臣が環生をお気に入りな理由がよくわかったよ。雰囲気が柔らかくて素直で可愛くて気配りができるいい子だ」 これは環生に渡して欲しい…と、大切そうに膝に乗せたバラを撫でる。 その手つきが妙に優しげなのが気になった。 「遊びで環生に近づくのは止めてくれ。環生は警戒心がない上に、人との距離感が近い。惚れっぽいし愛されたがりで、すぐに人に懐くから手を焼いてるんだ」 「ずいぶん過保護なんだな。まぁ、初対面の人間にあそこまで可愛げのある笑顔を見せるくらいだ。悪い虫も近づいてくるだろうな」 賢哉が環生を気に入っているのは、鈍感な俺にでもすぐにわかった。 お互いに性欲は他の誰かと解消してもいい。 その相手選びには口出しをしないのが俺たちのルール。 ただ、環生に手を出されるのだけは迷惑だ。 恋人同士の俺たちがそれぞれ環生と体の関係がある事態だけは避けたい。 「まさかもう手を出したんじゃないだろうな」 「さぁどうだか」 「何だと、はっきり答えろ」 俺が眉間に皺を寄せると、賢哉はクスクスと笑い出した。 「何が楽しい」 「いや、他人に興味のない秀臣が環生には執着するんだと思うと面白くてね」 これ以上何か話してもからかわれるだけだ。 苛立ちと一緒にドリンクを飲み干して車を出すと、賢哉はそれ以上何も言わなかった。 走り出して少したった頃だった。 「あの、プロジェクトの件…悪かった。秀臣に嫌な思いをさせたな」 あの話を進めたのは僕だ…と、つぶやく賢哉。 「賢哉が謝る必要はない。事情はどうであれ、結局は俺の責任だ。それなのに取り乱してすまない。賢哉にも世話をかけた」 いくら賢哉相手でも、あの醜態を晒した事は恥ずべき事だ。 何となく気まずくてまだ顔を見る事ができないまま。 運転中でよかったと胸を撫で下ろす。 「秀臣があんなに荒れるからおかしいと思っていたんだ。でも僕を喜ばせたくて、いつも以上に力を入れていたなら、自棄になって酔い潰れても無理はない」 「…っ、環生だな」 どうやら、環生は俺が酔い潰れている間に、俺の事を賢哉に話したようだ。 一体何をどこまで話したんだ…。 「環生を叱るなよ。あの子は余分な事は何一つ話していないから。必要だと思う情報を上手に選んで僕にだけこっそり耳打ちできる賢い子だよ」 「耳打ちだと?そんなに環生に近づいたのか」 いくら環生が人懐っこいとは言え、ほんの短時間で2人が打ち解けている事に衝撃を受けた。 賢哉は大丈夫だとは思うが、年上好きで甘えたがりで、優しい男が好きな環生が賢哉に夢中になったら色々と困る。 そう、色々とだ。 「安心しろ、まだ手は出していない」 「まだとは何だ、まさか手を出すつもりなのか」 「出すつもりはないよ。秀臣の大切な環生は、僕にとっても大切な存在だから」 そう言った賢哉は、そっと俺の膝に手を添えた。 その温もりに胸が高鳴るのを感じながらハンドルを握る。 「僕は嬉しかったんだ、環生に秀臣の話を耳打ちされた時。あぁ、僕は自分で思っている以上に秀臣に愛されてるんだと」 「…言葉が足りなくてすまない」 「それはかまわない。軽々しく『好きだ、愛してる』と言わない秀臣だから好きになったんだ」 賢哉の言葉の端々には俺への好意が散りばめられていると感じた。 どうやら俺はだいぶ愛されているらしい。 喜んだり、気持ちを伝えたりすればいいんだろうが上手く言葉にならなかった。 赤信号で停止した時、賢哉の手に触れるだけで精いっぱいだった。 「ありがとう、秀臣。愛してるよ」 賢哉のマンションに着いて車を停めると、賢哉がグッと体を寄せてきた。 「あぁ、また連絡する」 「明日は打ち合わせだからな」 そう念を押した上機嫌の賢哉は、俺にキスをして車を降りていった。 賢哉の姿を見送って車を走らせる。 助手席に置かれたバラを気にしながら慎重に。 ふと、どうしてオレンジ色なのかが気になった。 バラのプレゼントと言えば赤のイメージが強い。 家の駐車場に車を停めて、オレンジ色のバラの花言葉を調べた。 『無邪気、魅惑、絆、信頼、すこやか、愛嬌』 どれも環生に当てはまっているような気がした。 買い物から帰ってきた環生に、賢哉からだとバラを渡すと、嬉しそうに微笑んだ。 「バラのプレゼントなんて初めて。オシャレ」 ありがとう、素敵、嬉しい…と、喜びながら花瓶を探し始める環生。 環生と知り合って半日くらいで、ここまで環生を喜ばせる事ができる賢哉を羨ましいと思った。 きっと俺に足りないのはそういう気づかいなんだろう。 賢哉を尊敬すると共に、それでも俺がいいと言う賢哉は少し変わり者なのかも知れないと思った。 リビングのソファーに座って、ガラスの花瓶にバラをいける環生を見つめる。 鼻歌を歌いながら楽しそうに写真を撮る環生の姿を見ていると、それに気づいた環生が寄ってきて、ちょこんと隣に座った。 「プレゼントなんてなくていいから、秀臣さんはちゃんと元気に帰ってきてね」 ずっと心配だったんだから…と頬を膨らませる環生。 「すまない。これから気をつけよう」 膨れた頬に手を伸ばそうとすると、環生は『あ、そうだ』と俺を制して立ち上がる。 「ねぇ、秀臣さん。これ見て。賢哉さんの分買ってきたよ」 環生が俺に見せたのは、食器やタオル、スリッパなど、生活に必要そうな物一式だった。 「これでいつでも遊びに来てもらえるでしょう?」 次はいつ来てくれるのかな…と、楽しみにしている様子だ。 賢哉に伝えたらきっと賢哉も喜ぶだろう。 「賢哉に聞いてみよう」 「あ、電話するなら俺も話したい。バラのお礼を言いたいから」 あぁ、わかった…と返事をしながら、俺はそっとスマホを手に取った。

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