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第7章 第29話
「柊吾 、俺…自分の部屋で寝るよ。柊吾にうつったらいけないし…」
柊吾は今、受験を控えてる大事な時期。
今ここで柊吾が風邪を引いたら大変な事になる。
「これからもっと熱が出るかも知れないだろ…。俺は大丈夫だ。いつも環生 の栄養のある美味いメシ食べてるからな」
そう言って爽やかに笑ってくれるけど、同じご飯を食べてる俺が風邪を引いてるから、全然説得力がない。
「で、でも…」
「最近は夜遅くまでチョコ作ってたし、俺や秀臣 たちに気をつかいすぎて疲れが出たんだ。とりあえず今はゆっくり休め」
な…?と、頭を撫でてくれる。
確かに最近、賢哉 さんが出入りするようになって、嬉しいし楽しいけど、何となく気をつかう部分もあるし、柊吾の事も気がかり。
食事の支度の前はキッチンが空いてないから、普段だったら食後にのんびりしてるような時間帯にチョコレートの試作をしてた。
ちょっと…頑張りすぎたのかも。
「自分の部屋の方が落ち着くならそっちでもいいぞ。俺も一緒に行ってやるから」
普段は私物を置かせてもらってるだけで、ほとんど生活してないから机や文房具類がない俺の部屋。
柊吾に勉強しづらい環境に来てもらうのは申し訳ない。
「ううん…ここで寝るよ、ありがとう」
きっと柊吾は一晩俺に付き添ってくれるつもりなんだと思う。
だったら少しでも柊吾が勉強しやすい環境にいて欲しい。
俺は柊吾さえいてくれれば、どこでも眠れるから。
俺の返事を聞いて満足した柊吾は、体を拭く用のタオルや着替えを持ってきてくれた。
元気もあるし、身の回りの事は自分でできるけど、せっかくだから背中を拭いてもらって着替えも手伝ってもらう。
柊吾は本当に優しくてマメ。
忙しいのに、俺のために…。
自分の時間を割いて甲斐甲斐しくお世話をしてくれる柊吾の優しさや温かさが胸にしみる。
「何泣いてんだよ。どこか痛いのか?」
「ううん…。柊吾が側にいてくれるから嬉しくて…」
「病気の時に側にいるのなんて当たり前だろ」
柊吾の言葉に嬉しい気持ちが込み上げてきた。
感覚が俺と同じだったから。
子供の頃、風邪を引いたら父さんや母さんが側にいてくれた。
いつもより高級なアイスクリームや好きなお菓子を買ってもらったり、頻繁に優しい言葉をかけてもらったり…。
病気の時は徹底的に甘やかしてもらえる文化で育った。
でも…ここへ来る前に一緒に住んでいた彼は、『病気の時は薬を飲んで静かに寝ていれば治る。一緒にいて自分までうつったら環生 の世話をしてやれない』と、俺を別室に隔離する人だった。
お互い仕事もあるから共倒れする訳にもいかないし、彼の意見はもっともだった。
でも、病気の時にひとりぼっちにされるのは淋しくて不安で…辛かった。
『側にいて』って言いたかったけど、俺を思ってくれての判断だから、俺はその言葉を飲み込んだ。
それが彼の優しさだと思ってたし、俺も彼に病気をうつしたら申し訳ないと思っていたから。
「柊吾…」
「ん、どうした」
手を伸ばすとすぐに握ってくれる。
病気の時、俺が求めていたのはこの温もり。
側にいてくれる安心感。
「寝つくまでこうしててやるからな」
「ううん、大丈夫。柊吾の気配を感じられたら淋しくないよ。だから勉強に戻って」
「今さら俺相手に遠慮しなくていいんだぞ」
柊吾は俺の気持ちを全部わかってくれてる。
わかった上で甘えさせてくれようとしてる。
弱ってる今は…甘えちゃおうかな。
「…やっぱり5分だけいい?5分で寝るから…」
「そんなに急がなくてもいいぞ」
「うん…ありがとう」
柊吾は優しい眼差しで俺を見つめてくれる。
早く寝た方が柊吾の勉強時間を確保できるのはわかってるけど、瞳を閉じてしまうのがもったいなくて、俺もぼんやりした頭で柊吾を見つめる。
柊吾がこんなに頑張って勉強してるのは、大学を出て弁護士になる夢を叶えるためなんだって。
誠史 さんも秀臣さんも麻斗 さんも自営業だから、もし仕事でトラブルに巻き込まれたら助けたいんだって。
それに『万が一事業に失敗するような事があった時は俺が家族を養う』って昔から決めてたみたい。
『皆の仕事がなくなったら、俺が環生の給料も払ってやらないとな』って笑ってた。
俺よりも年下だけど、ちゃんと将来の事を考えて、目標に向かって頑張れる頼もしい存在。
俺はそんな柊吾の支えになりたい。
柊吾に夢を叶えて欲しい。
「早く元気になるといいな」
優しい声と髪や頬で感じる手の温かさ。
「早く元気になって、また柊吾にご飯作るね」
「あぁ。治ったら、いつものから揚げ作ってくれよ」
出た、柊吾のから揚げリクエスト。
柊吾は俺の作るから揚げが大好き。
元気になったらお皿から溢れるくらいのから揚げを作ろう。
それから、ポテトサラダとお味噌汁も…。
そんな事を考えているうちに、俺は柊吾の手をぎゅっと握ったまま眠ってしまったんだ…。
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