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第7章 第31話

〜side.誠史(せいじ)〜 「ごめんね、誠史さん。帰って来てって言ったのに風邪引いてて…。それに、まだバレンタインチョコも準備できてなくて…」 布団に横になりながら申し訳なさそうな顔をする環生(たまき)。 熱があっていつもよりほんのり赤い頬も可愛らしい。 「そんな事は気にしなくていい。環生の顔が見たくて帰ってきたんだ」 環生のすぐ側の畳に寝転んで頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。 「俺じゃなくて柊吾(しゅうご)が…でしょ」 全部お見通しとばかりにふふっと微笑む環生。 環生のメールで柊吾の試験日が近い事を知らされた。 今まで大して親らしい事もしてこなかった俺が、様子を気にするなんて今更だろうと思ったが、気になるものは気になる。 もう成人もしているが、末っ子だからか秀臣(ひでおみ)麻斗(あさと)に比べるとどうしても『小さな子供』のイメージが強い。 長男だから、末っ子だから…と、カテゴライズするつもりはないが、引きこもり生活が続いているのもあって、どうしても柊吾は保護対象に思えてしまう。 環生の『手作りチョコレートを渡したいから帰ってきて』メールは、俺が体よく帰国するための口実だったんだろうか。 もしそうなら、環生は俺と家族を結んでくれる架け橋だ。 「環生、最初からそのつもりで…」 「ううん、俺は純粋に誠史さんに会いたかっただけ」 それだけだよ…と優しく微笑む。 普段なら体を寄せて甘えてくる環生。 俺にうつさないよう我慢しているんだろう。 我慢する必要もないし、させたくもなかった。 布団に入って環生を抱き寄せると、慌てて胸を押し返してくる小さな手。 「誠史さん、だめ…。うつっちゃう」 「俺が環生を抱きしめたいんだよ」 それでもだめかい?…と聞くと、少しずつ力が抜けていく。 腕枕をして背中を撫でると、嬉しそうな困り顔。 「本当はだめなのに、嬉しくてだめって言えない…」 いつもより熱を持った体、とろんと潤んだ瞳。 体を繋げている時を思わせるような環生の姿に、心の中の雄が目を覚ます。 病人の環生相手に欲情するなんて大人げないと、自分をたしなめながらそっと手を握ると、熱い手が控えめに握り返してくる。 「ありがとう、誠史さん」 嬉しい…と、俺の指に自分の指を絡めて甘え始めた。 環生はいつも素直に自分の気持ちを口にする。 元からそうなのか、コミュニケーション不足で結婚生活が続かなかった俺への配慮なのか。 仕事しかしてこなかった俺は、ろくに看病らしい事をした事もない。 早く寝かせた方がいいのか、それともこうやって話し相手になればいいのか…。 どうする事が正解なのかよくわからない。 とりあえず環生が喜べばいいんだろうか。 「熱がなかったら…もっと誠史さんとおしゃべりできるのにな…」 きゅっと俺の手を握って悲しそうにする環生。 さっきまで嬉しそうに笑っていたのに。 「誠史さんが帰ってきてくれて嬉しいし、話したい事もたくさんあるのに、頭がぼんやりして上手く話せなくて…」 これだけ話せたら充分だと思うが、いつもよりはおとなしい。 おしゃべりモードになった時の環生は、俺と離れている間に起きた事を全部伝えようとするくらいよく話す。 話の大半は楽しかった事や嬉しかった事。 立て続けに話すから、正直なところ内容はさほど記憶には残らないが、その幸せそうな笑顔に癒される。 「大丈夫だ。元気なったら聞かせてくれるかい?」 「うん…」 普段より熱っぽいおでこにそっと唇を寄せる。 少しでも熱を吸い取ってやれたらいいと思う。 「…誠史さん、このまま眠ってもいい?」 「あぁ、もちろんだ。俺もこのまま環生と昼寝をしよう」 冷えないよう掛布団を整えていると、早速いいポジションにおさまった環生が俺の胸に手を添える。 包み込むように手を重ねると幸せそうに微笑む。 「おやすみなさい、誠史さん」 「あぁ、おやすみ。環生」 瞳を閉じるとすぐに眠りについた環生。 もう限界だったんだろう。 明日には元気になっているといい。 環生の安らかで規則的な呼吸を感じながら、柔らかな髪を撫でた。

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