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第8章 第1話
季節は進んで3月になった。
だいぶ日差しも暖かくなってきた昼下がりの事。
麻斗 さんは仮眠中だし、柊吾 は自分の部屋で勉強中。
試験直後はそわそわしてた柊吾も、少しは落ち着いてきたみたい。
合格を見越して少しずつ復学の準備を始めた。
俺は秀臣 さんと賢哉 さんと一緒にリビングのソファーでコーヒータイム。
俺と誠史 さんが風邪を引いてるうちは訪問を控えていてくれたから、久しぶりの賢哉さん。
賢哉さんはバレンタインデーとホワイトデーを兼ねたチョコレートと赤いバラを一輪プレゼントしてくれた。
デパートの催事で気になってはいたけど、一粒数百円もするから買えなかった高級チョコレート。
食べてしまうのがもったいない。
記念に写真を撮っていると、秀臣さんのスマホが鳴った。
仕事の電話みたい。
秀臣さんは電話をしながら自分の部屋へ行ってしまった。
残されたのは賢哉さんと俺。
知り合ったばかりの頃はいきなり2人きりになると緊張してしまったけど、今ではもう平気。
一緒に食事をしたり、泊まっていったりしてくれるうちに何となく打ち解けていった。
賢哉さんも穏やかな人だし、俺を可愛がってくれるから一緒にいて心地いい。
たぶん2人きりで買い物や食事に行っても、気をつかわずに楽しめるくらいの間柄にはなれたはず。
「賢哉さん、チョコレートありがとう。オシャレだから食べるのもったいないよ」
「美味しく食べるために買ってきたから、食べたらいいのに」
チョコレートは3粒入り。
赤いハートにキラキラの金箔みたいな何かが乗ってるのと、ホワイトチョコレートのトリュフ、ミルクチョコにナッツが乗ってるのの3種類。
どれも美味しそう。
でも…独り占めしちゃうのはちょっと淋しい。
「賢哉さん、半分こして一緒に食べよう」
「環生 のために買ってきたんだから、僕の事は気にしなくていいよ」
独り占めしたらいい…と、言いながらコーヒーを飲む。
「ありがとう。…俺ね、美味しい物は一緒に食べて『美味しいね』って言いたくて…。でも、全種類食べてみたいから半分こでもいい?」
「…わかった、半分こしよう」
「よかった。ナイフ持ってくるね」
キッチンへ行こうと立ち上がると、手を引かれた。
何だろうと思っていると、あっという間に賢哉さんの膝の上。
お姫様抱っこみたいな体勢だから、賢哉さんの体も顔も近い。
至近距離で見つめ合うのは初めてだけど、賢哉さんも目鼻立ちが整ってて素敵な人。
トワレの香りも、体感も皆とはまた違った感じで新鮮だけど、不思議としっくりくる。
懐かしいような、恋しいような、切ないような、温かいような優しい気持ち。
前に体を重ねた事があるようなそんな感じ。
いい雰囲気になったら、抱かれたくなっちゃうかも…なんて甘い妄想をしてしまう。
でも、賢哉さんは秀臣さんの恋人。
俺がときめいちゃいけない人…。
「可愛いな、環生は。秀臣たちが夢中になる理由がよくわかる」
「……」
恥ずかしすぎて言葉が出てこない。
お願いだからそんなに見つめないで欲しい。
イケメン見放題、触り放題の生活を送っていて耐性はある方だけど、賢哉さんを1人の男の人って意識してしまったから心臓が騒がしい。
「ドキドキしてる?」
ウンウンとうなずく事しかできない俺。
わかっててそんな事聞くなんて賢哉さんは意地悪。
「可愛い」
甘くて優しい声で囁かれて、頬が熱い。
見つめられて、頬を撫でられて…。
このまま瞳を閉じたら…キスの流れ。
どうしよう…。
甘い雰囲気に酔って、キス…したくなってきた…。
形のキレイな薄めの唇は触れるとどんな感じなんだろう。
賢哉さんのキスはどんなキス?
秀臣さんとしてた時みたいなオトナのキスなのかな…。
それとも俺には優しくしてくれる…?
そんな事を考えてる俺の耳はきっと真っ赤だろうし、物欲しそうな顔をしてると思う。
「見つめ合ってるとキスしたくなっちゃうね」
「うん…」
「環生のエッチ」
賢哉さんはそう言って俺をかわすと、赤いハートのチョコレートを口元に差し出してくれた。
「先に環生が半分かじって。残りを僕がもらうから」
「あ、うん…。いただきます…」
キスを期待してたから、ちょっと残念。
でも、おかげで頭が冷えた。
いくら賢哉さんが素敵だからって、いい雰囲気になったからって、秀臣さんの恋人にキスをねだるなんて節操なしもいいところ。
自分をたしなめながら、大体半分くらいのところで歯を立てる。
このままかじっていいのかな…と思って賢哉さんに
視線をうつす。
「いいよ。好きなだけかじって」
賢哉さんの言葉にうなずいて、歯に力を込めた時だった。
いきなり顎に手を添えられてチョコレートごと口づけられた。
「んんっ…」
驚いて体を離そうとしたら、グッと抱き寄せられる。
口中に広がるフランボワーズの爽やかな甘酸っぱさと、後からくるミルクの柔らかな甘さ。
滑らかな口当たりのチョコレートは、あっという間に溶けていってしまう。
俺…賢哉さんとキスしてる…。
ようやく状況がのみこめた頃に入ってくる賢哉さんの温かい舌。
「んっ…はぁ…」
甘い甘いチョコレート味のディープキス。
溶けたチョコレートを味わうように俺の口内を舐めたり、舌を絡めたり。
粘膜同士がねっとりと絡み合う甘くて官能的で、腰が抜けてしまいそうな濃厚なキス。
賢哉さんとのキスを期待してたけど、想像以上に刺激的。
気持ちよすぎて頭がぼんやりしてくる。
賢哉さんは、ふにゃりと脱力する俺の体を抱きとめて微笑んでくれた。
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