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第8章 第2話
「ごちそうさま、環生 」
唇を離した賢哉 さんは、口の端から伝ったチョコ混じりの唾液を舐めとってくれた。
気持ちいいキスで腰砕けになってしまった俺はもうされるがまま。
「嫌だった?」
「ううん。でも、俺…」
「秀臣 の事なら気にする必要はないよ。秀臣だって環生とキスしてるんだ。同じ事だよ」
「それは…そうだけど…」
秀臣さんと賢哉さんが恋人同士だって知ってるのに、2人とキスしてしまった俺。
『いくら自分がフリーの身で、賢哉さんから仕掛けられたとしても、アレははしたないと思うよ。もっとわきまえないと』…と、心の中のいい子の俺が非難する。
『だってキスしたかったんでしょ?賢哉さんから仕掛けてきたんだし、ラッキーって思えばいいんじゃない?もうしちゃったんだし、せっかくだからもっとしてもらったら?』…と、心の中の悪い子の俺がそそのかす。
「僕は最初からキスするつもりで環生を膝に乗せた。環生も嫌じゃなかった。それなら環生は何も気にしなくていい」
「本当に…いい…のかな…」
考えれば考えるほど何が正しいのかわからない。
迷う俺を見ていた賢哉さんは、チュッと触れるだけのキスをした。
「誰にでもこうしている訳じゃない。環生だからしたいと思ったんだ」
完全に甘々口説きモードの賢哉さん。
手慣れてる感もあるし、きっと経験豊富。
遊びで気まぐれにイタズラされた訳じゃないとは思うけど、賢哉さんは恋人持ち。
恋人がいながら俺にキスするってどんな感覚なんだろう?
お互いタチで、セックスは違う人としていいって事になってる2人だから、そのあたりは上手く切り離してるのかな…。
考えてみても、俺は賢哉さんじゃないから、よくわからなかった。
「可愛い存在を可愛がりたい、大事にしたいと思うのは全世界共通の感覚だからね」
優しく抱き寄せられておでこや瞼にもキスされる。
秀臣さん達が俺を可愛がってくれてる時と同じ感じ。
優しくてあったかい。
大人同士だし、俺が本気にならなければそれはそれでいい…のかな…。
「環生からはしてくれないんだ?」
ちょっと淋しそうな顔をされて、胸がキュンとなる。
そんな淋しそうな顔しないで…。
考えても正解なんてわからない。
キスもしちゃったし、なかった事にはできない。
だったらもう、自分の気持ちに素直に振る舞いたい。
もう出たとこ勝負でいいや…と、開き直った俺は賢哉さんにくっついてチュッとキスをした。
嬉しそうにしてくれるのが嬉しくて、もう1回。
瞳を閉じてねだると、賢哉さんからもしてくれる。
ついばみ合うキスをして楽しんでいると、わざとらしい咳払いが聞こえた。
振り返るとそこには秀臣さん。
「どういう事だ…」
秀臣さんは見た事もないような険しい顔をしていた。
どうしよう、怒られる…。
咄嗟に身構えると、賢哉さんが庇うように俺を抱き寄せてくれた。
「賢哉、あれだけ環生には手を出すなと…」
あ、あれ?
怒りの矛先は賢哉さん?
秀臣さんの恋人の賢哉さんとキスしてた俺じゃなくて…?
「あぁそうだな、秀臣。確かにそう言われたし、その時は僕も手を出すつもりはないと言った」
「そう言いながら何故、環生に手を出した。環生は賢哉が言い寄らない限りこんな事はしないはずだ」
秀臣さんは俺に手を出した賢哉さんに怒ってる。
俺だって賢哉さんにキスしたのに。
俺が浮ついた事はしないって信じてくれてるのは嬉しいけど、ちょっと心苦しい。
「理由は簡単だ。環生が可愛かった」
「大事な環生に『可愛い』だけで、手を出されたら困るんだ」
賢哉さんの言葉を聞いた秀臣さんは、困ったような悲しそうな顔をする。
俺を大事に思ってくれる秀臣さんの気持ちが伝わってきて、胸がギュッとなる。
思わず秀臣さんに駆け寄って抱きつくと、秀臣さんは驚きながらも抱きしめてくれた。
「秀臣さん。賢哉さんは秀臣さんがしてくれるみたいに優しくしてくれたよ。俺ね、それが嬉しくて賢哉さんにキスして欲しいって思ったの。俺…秀臣さんが思ってくれてるほどいい子じゃない…。だから賢哉さんだけが悪いって決めつけないで」
「その話は本当なのか…」
半信半疑の秀臣さん。
秀臣さんの信頼を裏切って申し訳ない気持ちだけど、嘘はつきたくない。
同意の上だった事を伝えたくて黙ってうなずく。
「僕は遊び半分で環生にキスした訳じゃないし、環生に酷い事もしていない。愛してる秀臣が大切にしている環生は僕にとっても大切だ」
秀臣さんを刺激しないよう、淡々と事実を伝えていく賢哉さん。
真実を知った秀臣さんはうなだれてしまった。
「…すまない、賢哉。頭に血がのぼりすぎた」
「いいよ、秀臣の環生に対する溺愛ぶりがよくわかった。僕はまるで信頼されていないようだけど、気まぐれに可愛い子をつまみ食いしていた過去を見られているから仕方ない」
大人だからその場はそれでおさめてくれたのか、2人が本当に理解しあったのかはよくわからなかったけど、修羅場にならなくてホッとした。
「おいで、環生。秀臣も納得したようだからさっきの続きをしよう」
いつの間にか側へ来ていた賢哉さんがそっと俺の手を引いた。
「待て、賢哉。それとこれとは別だ」
秀臣さんは逃がさないように俺の腰を抱く。
ええっ、ここでまさかの俺の取り合い?
ど、どうしよう…。
ここで秀臣さんを選んだら賢哉さんは淋しがるし、賢哉さんを選んだら秀臣さんは絶望して立ち上がれなくなると思う。
2人でイチャイチャしてくれたら丸くおさまるのに。
「そ、そうだ。俺、柊吾 に呼ばれてるんだった。行かなくちゃ」
呼ばれてなんてないけど、これくらいの嘘は許されると思う。
ほとぼりが冷めるまで柊吾の部屋で匿ってもらおう。
そう心に決めた俺は急いでリビングを後にした。
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