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第8章 第7話

柊吾(しゅうご)と『お互いに依存するのをやめて、自立した大人になろう』って話し合った数日後の事。 待ちに待った柊吾の合格通知が届いた。 ずっと頑張って勉強してたから嬉しくてたまらなかった。 でも、これで本当に春から柊吾と離れ離れ。 柊吾は大学生活、俺は家事をしながらのお留守番生活。 それだけはちょっと淋しいけど、強制的に柊吾と離れられるいい機会だと思う事にした。 俺たちの大人化計画第一弾。 俺が思う『大人』は、1人の時間を楽しめる事。 もっと他にやる事も考える事もあると思うけど、とりあえずできそうなところから始めてみる。 1人が得意の人には簡単な事でも、甘えん坊の俺にはなかなかハードルが高い。 つい誰かを頼りにしてしまうし、声をかけてくれるのを待ってしまうし、何かする時も誰かが一緒にやってくれるのを望んでしまう。 生活でも…遊びでも。 まずそこから改めなくちゃ。 誰かに楽しませてもらうのを待ってるだけじゃなく、1人時間を楽しめてこそ大人なんだから。 「俺、麻斗(あさと)さんのお店に行ってお酒が飲みたい」 保科(ほしな)家に住むようになって割と健全な生活をしてるから、夜出歩く事なんてほとんどない。 それはそれでよかったけど、この機会に大人らしくお酒を嗜んでみたくなった。 でも、知らないお店で飲む勇気はないから麻斗さんのお店を選んだ。 夜遊びしたいなんて言ったら過保護な皆が心配するから、『願い事何でも一つ叶える券』の出番。 これがあればきっと大丈夫なはず。 「『大人=お酒、夜遊び』って発想が可愛いね」 麻斗さんは微笑みながら、いつでも遊びにおいでって言ってくれた。 早速今夜お邪魔する事にした俺は、精いっぱいのオシャレをした。 柊吾が心配そうにしてたし、俺も1人でお酒を飲みに行くのは心細かったけど、『お互いの自立のため』を合言葉に、2人で我慢した。 そんなこんなで、俺は麻斗さんのお店にやって来た。 皆がプレゼントしてくれたブレスレットやアンクレット、ピンキーリングがお守り。 俺は思い切って扉を開けた。 「うわぁ、可愛いお店」 バーって、スタイリッシュとか、モダンとか、アンティークな雰囲気だと思ってた。 浮いたらどうしようって心配だったけど、麻斗さんのお店は、全体的にベージュと白を基調とした柔らかな雰囲気。 間接照明のナチュラルなお店。 観葉植物もあるし、女性1人でも入りやすそうなカジュアルなカフェみたいな感じ。 これなら俺でも大丈夫そう。 胸を撫で下ろした俺は、お客さんの邪魔にならないよう、カウンター席の隅っこに座った。 「いらっしゃい、環生(たまき)。何にする?」 「うーん…。大人っぽいのをお任せ…と思ったけど、待って。やっぱり自分で決める」 「いいよ。決まったら教えて」 学生時代はジュースみたいなカクテル、サラリーマン時代はほとんどビールばかりだったから何を飲んだらいいのかよくわからない。 でも、自分で決めようと思った。 麻斗さんは『大人』にこだわる俺を温かな眼差しで見つめると他のテーブルへ行ってしまった。 ぼんやりと麻斗さんを眺める。 普段の麻斗さんもカッコイイけど、働いてる麻斗さんも素敵。 ゆるっとしたアイボリーのナチュラルなデザインニットに同じトーンの色合いのゆったりパンツがよく似合ってるし、お店の雰囲気とも馴染んでる。 あんなに優しい笑顔で接客されたら、老若男女全員麻斗さんに恋しちゃう。 お客さんに若い女性が多いのもうなずける。 結局、近くのテーブルの女性グループが美味しそうに飲んでいたサングリアにした。 料理は大好物のエビグラタンと手作りポテトコロッケ。 家のオーブンが小さいから、いつもは大皿で作ったグラタンを皆で分けて食べる。 皆がよく食べてくれるから、俺は何となく遠慮しながら食べるけど、今日は独り占め。 それから手作りのアツアツポテトコロッケ。 家で作ると結構手間がかかるけど、から揚げの方が人気だからあまり作らない。 でも、俺はポテトを粗く潰した手作りのあの感じが大好き。 「美味しい」 食事やお酒を楽しみながら、スタッフさんを紹介してもらったり、常連さんと話したりして過ごす。 皆優しくていい人達ばかり。 柊吾…どうしてるかな。 最初は意外と1人でも平気かも…と、1人時間を楽しんでいたけど、すぐに淋しくなった。 ふとした瞬間に柊吾から連絡が来てないかスマホが気になって何度も確かめてしまう。 結局、どうしていいかわからなくなって、お店が混んできたのを理由に、予定より早くお店を出た。 早く帰りすぎたら、心配かけちゃうからどこかで時間を潰してから帰ろうかな…。 でも、どこで…? 喫茶店か何かないかな…と、辺りを見回すと、そこには柊吾が立っていた。 「柊吾、どうして…?」 「ん…心配で待ってた。ごめんな、環生が1人で頑張ろうとしてるのに結局俺が環生から離れられなかった」 「…ありがとう。本当はね、俺も淋しかった。柊吾から『帰って来い』って連絡がないか、スマホばかり見てた」 今すぐ柊吾の胸に飛び込みたい。 ぎゅっと抱きしめて欲しい。 でも…すぐ甘えたら理想の大人になりきれない。 柊吾もきっと同じ事を考えてるはず。 何となくお互いの距離感をつかめないでモジモジしていると、お店のドアが開いて麻斗さんが現れた。 「あぁ柊吾、来てたんだ」 「ん、まぁな」 麻斗さんも俺たちが大人化計画を実践中だって知ってるから、柊吾はちょっと気まずそう。 「環生の元気がなさそうだったから、ちゃんと帰ったか様子を見に来たんだけど、柊吾が来たならいいね」 環生を頼むよ…と、俺を託された柊吾は黙ってうなずいた。 「環生も柊吾も、一気に長時間離れようとするから淋しくなるんだよ。今まで朝から晩までずっと一緒にいたんだから…。少しずつだよ」 スタッフさんに呼ばれた麻斗さんは、俺たちの頭を撫でながら気をつけて帰るんだよ…と告げてお店へ戻っていった。 「帰るか、環生」 「うん…」 柊吾は恥ずかしそうにそっと手を差し出してくれた。 嬉しくなった俺はすぐにその手に触れてきゅっと握る。 結局この感じが一番心地いい。 もうこのままでいいような気もしてきた。 でも…ちょっとだけ。 ちょっとだけ、自分から声をかけてみよう。 「ねぇ、柊吾。今から飲みに行こうよ。柊吾の合格祝いしよう」 俺は思い切って柊吾を飲みに誘った。

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