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第8章 第23話

「こんにちは、賢哉(けんや)さん」 「ありがとう、環生(たまき)。忙しいのに悪いね」 「ううん、大丈夫。これ…クッキー焼いたから後で一緒に食べよう」 お昼ご飯を終えた俺は今日も賢哉さんの家でネットショップのお手伝い。 コツをつかんだから最初に比べて梱包も上手くなったし、スピードも上がった。 2人がかりで作業していたら1時間くらいで終わってしまった。 次の注文が入るまで、リビングのソファーでクッキーを食べながらコーヒータイム。 賢哉さんがおいで…って言ってくれたから、膝の上で。 賢哉さんは俺を猫可愛がりしてくれる。 精神的に自立した大人になりたいとは思ってるけど、賢哉さんとは一回り以上歳が離れてるし、無条件で俺を可愛がってくれる大人の余裕が心地よくてつい甘えてしまう。 大人の誠史(せいじ)さんも俺を可愛がってくれるけど、誠史さんは皆のお父さん。 息子の皆を差し置いて自分ばかり甘やかしてもらうのも申し訳ない気がして、ちょっと遠慮してしまう部分もある。 ロンドンに住んでるから、なかなか会えないし。 賢哉さんは気軽に甘えられる身近な大人。 賢哉さんも、恋愛感情抜きに気まぐれに可愛がれる俺の存在が癒しなんだと思う。 お互いの需要と供給が合ってるし、秀臣さんの可愛いところを話すのも楽しくて仲良しな俺たち。 クッキーを食べさせ合いっこしたり、おしゃべりしたりしてのんびり過ごす。 「素朴な味がして美味しいよ。環生みたいだ」 賢哉さんが甘い声で囁きながらそっと俺の手を握った。 「初めてバッジをつけてくれたんだね」 「うん…」 賢哉さんの襟元についているお揃いのバッジを見ながら、俺もきゅっと手を握り返す。 このバッジは賢哉さんからのプレゼント。 『セックスしたい』の意思表示をするためのバッジ。 この前、初めて秀臣さんと賢哉さんと3Pをした時に気づいてしまった。 賢哉さんと体の相性がものすごくいいって事に。 形とか大きさとか、角度とか…とにかく俺のお尻に合わせたみたいにフィットして、気絶しそうになるくらい気持ちよかった。 俺の反応を見て察した賢哉さん。 後日、『したくなったらこれをつけて遊びにおいで。僕もしたい時はこれをつけているから』って、お揃いのオシャレなピンバッジをプレゼントしてくれた。 賢哉さんと2人きりになる機会は何度もあったし、割と高確率で賢哉さんはバッジをつけていてくれた。 俺も興味はあったけど、あの快感を味わったらもう誰とのセックスでも満足できなくなってしまう気がしたし、すぐに体を許して悲しい思いをした事もあったから、なかなか勇気が出なかった。 でも、賢哉さんに抱かれたい気持ちはあったから、ずっとデニムのポケットに入れて持ち歩いていた。 「今日はどうしてつけてくれたの?」 「本当は…ずっとつけたかったけど、怖くて…」 「そう…。今日は怖くないの?」 賢哉さんに聞かれて言葉に詰まった。 だって怖くないって言ったら嘘になる。 でも、2人きりの時も変わらず賢哉さんは優しかったし、一緒に過ごすようになって、俺の気持ちや意見も尊重してくれる人だって確信が持てたから。 だから、勇気を出してみようかな…って。 「あの…賢哉さん。セックスする前に…確認したい事があって…」 俺は思い切って声をかけた。 そんな事確認するなんて不躾かな…と思ったけど、どうしても確認したかった。 前にお隣に住んでいる(ごう)さんに抱かれた後、ベッドに置き去りにされて淋しかったから。 もう2度とあんな思いはしたくない。 もし、賢哉さんも同じタイプだったら、抱かれるのはやめようと思っていた。 「ん、何だった?」 「あのね…。賢哉さんは2人でセックスした後、すぐにベッドを離れたいって思う?」 「…僕は特にこだわりはないな」 こだわりがないってどういう事なんだろう。 それは相手の希望次第って事なのかな…。 それとも、気分次第で日によって違うのかな…。 「そっか…」 「環生は何かこだわりがある?」 「うん…。俺は終わった後もくっつきたい。抱きしめて欲しいし、できれば少し会話もしたい。1人にされるのだけは淋しいから嫌…」 恋人でもないのにそんな事要求するなんて図々しいにも程があるし、場慣れしてるみたいで後ろめたい気もするけどこれだけは譲れない。 「いいよ。終わった後も一緒にいよう」 「…いいの?」 「もちろん。『抱いた後も優しくするからセックスしよう』って誘えばよかったね」 ごめんね…と、申し訳なさそうに頬を撫でてくれる賢哉さん。 よかった…。 呆れた顔をされる事も拒絶される事もなくて。 俺の気持ちに寄り添ってくれる人だってわかったからこれでもう安心。 「他に不安な事はある?」 「ううん、ないよ。賢哉さんになら身を任せても大丈夫だって信じてる」 よろしくお願いします…と体を寄せると、包み込むように抱きしめてくれた。 あったかくていいにおい。 「最初から思っていたけど、環生は不思議な子だね。男慣れしてるはずなのにどこか初々しいし、控えめなのに時々ものすごく頑固だ」 「…うぅ、喜んでいいのかわからない…」 「誉めているんだよ。その色々な表情を見せる環生こそが環生の魅力なんだ」 「…ありがとう、賢哉さん。誉めてもらえて嬉しい」 俺が笑うと賢哉さんも嬉しそうに笑った。 賢哉さんの笑顔…秀臣さんに似てる。 容姿は似てないけど、目尻の下がり具合や口角の上がり具合…とにかく穏やかな笑い方がそっくりだった。 「環生…キスしようか」 「うん、賢哉さん。いっぱいキスしたい」 俺は優しい賢哉さんにぎゅっと抱きついた。

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