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第8章 第28話(※)

ふう…っと息を吐いてソファーに身を預ける賢哉(けんや)さんの体に寄り添う。 普段より速い賢哉さんの鼓動や火照ってしっとりした肌を感じてドキドキが加速する。 「賢哉さん…」 甘えた声で名前を呼ぶと、包み込まれるように抱きしめられる。 さっきまで激しめだったのに、背中や髪を撫でてくれる手はゆっくりで優しい。 「清楚で可愛いのに、実はエッチだなんて、環生(たまき)はまるで秀臣(ひでおみ)の作ったこの下着を体現化したみたいだね」 愛おしくて尊いよ…と、体を繋げたまま微笑んだ賢哉さんが頬を撫でてくれた。 きっと俺が抱かれた後も一緒にいたいって言ったから優しくしてくれるんだと思う。 甘いピロートークのおまけ付きなんて贅沢の極み。 「きっと環生の存在が秀臣にインスピレーションを与えたんだ。秀臣は作品を作る事で環生を愛でているんだよ。画家が愛する人を絵に描くのと似ているのかも知れない」 「そう…なのかな…」 抱かれた直後で頭がぼんやりするし、凡人の俺にはその感覚はよくわからなかったけど、存在を誉めてもらえた事も、秀臣さんの役に立てた事も嬉しかった。 「あの気まぐれな秀臣の興味を引ける環生が羨ましいよ。でも僕は秀臣の作品をたくさん見られる事が一番の幸せだから、環生にも感謝しているんだ」 ありがとう…と、髪にお礼のキスをしてくれた。 「賢哉さんは秀臣さんを愛してるのに、一緒に住みたいって思わないの?」 ずっと不思議だった。 だって2人は本当に仲良しだから。 この家に秀臣さんが引っ越せば、朝から晩まで一緒にいられるのに…。 「…これから先もきっと一緒に住む事はないだろうね。今まで程よい距離感で上手くやってきたから、これが僕たちのベストな形だよ」 それにね…と、賢哉さんが内緒で教えてくれた事。 それは、秀臣さんが俺と一緒に住みたがってるって事。 俺がいると家族とのコミュニケーションが取りやすいし、居心地がいいんだって。 俺がふわふわ笑いながらご飯を作ったり、鼻歌を歌いながら洗濯物を畳んだりする姿を見ると、出ていってしまったお母さんがいるような気がして安心するんだって。 穏やかな気持ちで制作に集中できるんだって。 「そう…なんだ…」 必要としてもらえてる自覚はあったけど、そこまで思ってくれてるなんて知らなかった。 秀臣さんはあまり多くを語らない人だから。 胸があったかくて優しい気持ちでいっぱいになる。 「そんな訳だから、これからも秀臣を頼むよ、環生」 「うん…。ありがとう、賢哉さん。俺、皆が暮らしやすいようにしっかりサポートするね」 あぁ、俺はなんて幸せ者なんだろう。 大切な秀臣さんに安らぎをプレゼントできていたなんて。 それが巡り巡って賢哉さんを幸せにできていたなんて。 それに賢哉さんの幸せそうな笑顔や言葉は、俺を幸せにしてくれる。 保科(ほしな)家の家政夫でよかった。 賢哉さんの温かい腕の中で心からそう思った。

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