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第8章 第29話side.柊吾

〜side.柊吾(しゅうご)〜 今日は天気がよくて暖かいいい日だ。 環生(たまき)は今頃、洗い立てのシーツを干してるだろう。 学食で昼ご飯を食べた俺は、次の講義の教室で教授を待っていた。 眠くなってきたな…と思いながら窓の外を眺めていると、現れたのは事務員だった。 教授の急用で休講になった事を告げた事務員はすぐに教室を出て行った。 もう少し早く休講を決めてくれていたら、午前中のうちに大学を出て、家で環生の昼ご飯を食べるチャンスだったな…と思いながら足早に教室を出た。 サプライズで帰って、淋しがっている環生を喜ばせよう。 浮かれ気分で季節限定の抹茶ロールケーキを買って急いで帰った。 俺は環生がロールケーキを切り分けるのを見るのが好きだ。 大きさが均等になるように考える表情や、ケーキを崩さないように優しくナイフを入れる手つきもいい。 俺たちに美味しいところを食べさせようと、いつも遠慮して端っこの小さい方を選ぶ環生。 クリームたっぷりの俺の分と取り替えてやると、嬉しそうに微笑む環生を見るのも好きだ。 幸せそうにケーキを頬張る姿も、かなり可愛い。 今日はイチゴが乗ったのにしたから、俺の分のイチゴ も環生に食べさせてやろう。 そんな事を考えながら帰ってきたら、環生は留守だった。 代わりに出迎えてくれた秀臣(ひでおみ)に『環生は賢哉(けんや)のところだ』と聞かされた。 環生から藤枝(ふじえだ)さんの手伝いをしている事は聞かされていたから、驚きはしなかった。 でも、俺は『早く帰ってきてくれて嬉しい』って大喜びする環生の顔が見たかった。 仕方なく、リビングでコーヒーを飲んでいたら14時半過ぎに環生が帰ってきた。 「ただいま、秀臣さん。あれ?柊吾も帰ってたの?」 「あ、あぁ。急に休講になったからな」 「そうなんだ…。おかえり、柊吾」 笑顔で俺の側に来てお帰りのキスをしてくる環生。 でも、様子が変だ。 環生の態度は俺の想像よりもアッサリしていた。 それに、近づいてきた環生から嗅ぎ慣れない男のにおいがする。 きっとアイツだ。 環生はアイツに体を許したんだ。 環生が何をしようが環生の自由。 そんな事わかっていたのに、ただただショックだった。 「お土産にロールケーキ買ってきたぞ」 「ありがとう、柊吾。嬉しい」 作業してたから着替えてくるね…と、自分の部屋へ引っ込む環生を見送った。 きっと洋服もパンツも総替えするんだろう。 俺の分のイチゴを食べている時も、この笑顔をアイツにも見せたのかと思うとモヤモヤした。 喜ぶ環生を見たかったのに、その笑顔は逆に俺を苦しめた。 結局、晩ご飯を食べても、風呂に入っても気分は沈んだまま。 俺の気持ちなんておかまいなしに、いつも通り環生は俺のベッドに潜り込んできた。 「なぁ、環生。今日…藤枝さんに抱かれたのか」 「ん…内緒」 そう言いながら体を寄せてくる環生を腕枕におさめた。 これ以上追求しても仕方ないのに、我慢ができなかった。 「なぁ、したんだろ」 「俺だけの事じゃないから黙秘」 環生の言ってる事は最もだった。 環生が誰と何をしたってベラベラ話す訳がない。 俺にそれを聞く権利もない。 でも今日は歯止めが効かなかった。 「仕事の手伝いって言うのは嘘で、本当は2人でイチャイチャしてたんだろ」 「…俺にだって話したくない事もあるよ」 眉毛がハの字になって明らかに困った様子の環生。 困らせているのは俺だ。 「今日の柊吾…昼間からずっと変だよ」 どうしちゃったの…?と俺の顔に手を伸ばしてくるから、その手首をつかんで力任せに組み敷いた。 何が起きたのかわからず、ポカンと俺を見上げる環生。 「俺にも抱かせろよ。昼間より気持ちよくしてやるから」 自分でもわかる。 明らかな嫉妬だ。 アイツが環生を抱いた事が気に入らなかった。 喜んでアイツに身を任せた環生も。 アイツに抱かれた環生を受け入れられない自分の心の狭さも。 記憶を全部塗り替えるつもりで、キスをしようとすると環生がふいっと顔をそらした。 「どうして避けるんだよ。アイツはよくて俺は嫌なのか?」 「…そうじゃない。柊吾とするキス大好きだよ。でも今日はやめよう。感情に任せて俺を抱いたら…優しい柊吾はきっと後悔するよ」 ね…?と、悟すように俺を見つめる。 頭に血が昇った俺とは違う冷静な環生。 自分の幼稚さが環生に知られた羞恥心。 感情がぐちゃぐちゃになって、素直にうなずけなかった。 「いくら柊吾でも…無理矢理は怖いよ…」 小さな震えた声。 怯えた様子で俺を見る瞳。 「悪かった」 慌てて環生を解放してベッドの隅へ座った。 環生に合わせる顔がなかった。 「ううん、大丈夫。でも…今日は自分の部屋で寝るね」 環生が俺を避けようとしている。 そうされて当たり前なのに、それが無性に淋しかった。 ベッドをおりる環生を止める資格がないのはわかってる。 でも、その手をつかみたかった。 「もう…、仕方ないなぁ」 大きなため息をついた環生は、いきなり俺を押し倒すと、そのままま俺の上に乗ってきた。 「柊吾のバカ」 ちょっと膨れっ面をした環生は、まぁまぁの力で鼻の頭にかじりついてきた。 「痛っ…、何するんだよ」 「さっき柊吾が嘘つき呼ばわりしたから仕返し」 「仕返しって何だよ。お前、今本気でかじっただろ」 「そんな訳ないよ。柊吾と違って俺は酷い事も言わないし、しないよ」 淋しそうに微笑みながら、環生はそうつぶやいた。

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