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第9章 第1話

環生(たまき)、始まるぞ」 「あ、うん…」 今日はお楽しみの金曜日。 お風呂の後、ソファーで柊吾(しゅうご)とドラマを見る日だから。 大学で皆が見てるって聞いた柊吾が見始めて、俺もお付き合いで一緒に。 俺の目的はドラマよりも柊吾にくっついて甘える事だから、時々スマホをいじりながら…だけど。 『わぁ〜美味しそう』 『お腹すいたー』 楽しそうな子役の声につられて画面に視線を移す。 家族が食卓を囲む何気ない食事シーン。 俺はその画面に釘付けになった。 見た目はシンプルで、さり気ない盛り付けの麻婆豆腐と蟹玉だったけど、すごく美味しそうに見えたから。 画面越しだから実際には感じられないはずなのに、料理の温もりや、愛情いっぱいの優しい味を感じられたから。 エンディングで見たフードコーディネーターさんの名前は香川(かがわ)恭一(きょういち)さん。 早速スマホで調べていたら、柊吾が寝るぞって言うから一応ベッドに潜り込む。 ちょっかいをかけてくる柊吾そっちのけでネット検索を続けた。 彼の公式SNSにアップされていたのは、肉じゃがとかオムレツとかどれも一般的な家庭料理の画像。 料理と食器の雰囲気や写真の色合いがマッチしていて、好きだなぁって思った。 どれも温かみがあって優しい気持ちになった。 俺が保科(ほしな)家の皆に食べて欲しいって思う理想の料理ばかりだったから。 SNSのアイコンは料理を盛りつけている横顔だった。 小さな写真だったからよくわからなかったけど、歳は俺より少し年上かも。 料理を見つめる優しい眼差しが印象的だった。 彼が手がける料理をもっと見たいと思った。 「さっきから真剣に何見てるんだよ」 柊吾が俺を抱き枕にしながらスマホをのぞき込む。 「ん…、さっきのドラマの食事を監修してる人のSNS」 見て…と、料理の一覧を見せた。 「美味そうだな、このハンバーグ」 明日ハンバーグがいいな…と言いながら、柊吾もスマホをいじり始めて…気づいたら寝落ちしていた。 早起きして大学に行ったから疲れたのかな…。 柊吾の手の中のスマホを充電ケーブルに繋いで布団を掛けてあげた。 おでこにおやすみのキスをして、またスマホタイム。 インターネットって本当に便利。 彼の名前を入力しただけで、あれこれ情報が出てきた。 簡単に彼の事を知れたけど、彼はこんなに個人情報が流出してしまう事をどう思ってるんだろう…。 いくら有名人でも1人の人間。 怖くないのかな…。 そんな彼は身長182cm、75kg、32歳のA型。 兄弟はなし。 趣味はケーキ屋さんめぐりと、読書。 大学で栄養学を学んで、食品メーカーに就職。 担当したアレンジレシピの投稿が話題になり独立。 現在は、レシピ本や雑誌の企画、ドラマや映画の食事の監修、食育の講演会をしている…らしい。 目が眩んでしまいそうなほど輝かしい経歴。 世の中にはすごい人がいるんだなぁ。 興味本位で画像を検索したら顔写真も出てきた。 穏やかで優しそうな人。 柔らかな笑顔が春の陽だまりみたいに温かい。 それによく見たらものすごくイケメンだった。 カッコよさとナチュラルさと甘さをブレンドしたような素敵な人。 すぐにSNSのフォロワーになって、彼の昔の投稿を順番に眺めた。 どれも美味しそうで、つい『いいね』を押してしまう。 一投稿につき『いいね』を100個くらい押せたらいいのに…。 すっかり彼に夢中になった俺は、片っ端から著書を注文した。 最新の雑誌は売り切れだったから、明日本屋さんに足を運んでみよう。 雑誌の企画は『家族で囲む優しい新玉ねぎ料理』 どんなメニューが載ってるんだろう。 帰りに新玉ねぎも買っちゃおうかな…。 明日の事を考えるだけで幸せな気持ちになった。 恋人に夢中になった事はあるけど、俺の事を知らない誰かにここまでハマる事なんて初めてかも。 いつも、好きな芸能人について盛り上がる友達を羨ましく思っていたくらいだから。 彼は俺の人生初の『推し』になった。

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