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第9章 第5話

香川(かがわ)さんのトークショーから3日がたった。 まだ夢を見ているみたい。 素敵だったなぁ…。 俺は彼の料理だけじゃなく、彼の事も好きになってしまった。 相手は手が届かない人だってわかってるから、付き合いたいとか、話をしてみたいとか…そんな感じではなくて、『憧れの芸能人』みたいな感じ。 彼の事を思うだけで幸せな気持ちになれたし、彼がSNSを更新すると、俺も頑張ろうって思った。 「なぁ、環生(たまき)。ちょっといいか」 浮かれ気分で晩ご飯の後片付けをしていたら柊吾(しゅうご)がやってきて隣に立った。 「うん、いいよ。何かあった?」 食器を洗う手を止めて視線を移すと、柊吾は申し訳なさそうな顔をしていた。 柊吾がそんな顔をする心当たりがないから、不思議に思っていると、いきなり背中からぎゅっと抱きしめられた。 どうしたんだろう。 大学で何かあったのかな…。 「なぁ、環生…」 「ん…なぁに?」 「今日のから揚げの事だけど…」 言いづらそうな柊吾。 もしかして口に合わなかったのかな…。 でも、香川さんのレシピだから絶対に美味しいはず。 「美味かった。環生が一生懸命作ってくれたから美味かった。…けど…」 「…けど?」 「…俺は環生の味付けの方が好きだ。初めてこの家に来た時に作ってくれたあのから揚げが好きだ」 まさかそんな事言われると思ってなかったから驚いた。 素人の俺が作るレシピより、プロが監修したレシピの方が美味しいに決まってるから。 「そう…なの…?」 「こんな事言って悪いと思ってる。他のメニューは環生の好きなアイツのレシピでもいいんだ。でも、から揚げだけは…環生のショウガとニンニクが効いたいつもの濃いめの…ご飯が進むあの味がいい」 柊吾の中で、俺のから揚げが印象に残ってる事が嬉しかった。 皆には美味しい物を食べて欲しいって思って頑張ってたけど、それは俺が一方的に気持ちを押し付けてるだけだったんだ…。 美味しいの基準は人それぞれ。 食べてくれる人の好みに合わせたレシピが一番美味しいんだって気づかされた。 「ありがとう、柊吾。大事な事に気づかせてくれて」 「ん…?出された食事に難癖つけたのにスネてないのか?」 「スネる訳ないよ。教えてくれて嬉しい」 体ごと柊吾の方を向いてぎゅっと抱きついた。 ごめんねと、ありがとうの気持ちを込めて。 優しい柊吾は俺の気持ちを考えて、どうやって切り出そうかすごく迷ったはずだから。 「明日の晩ご飯…環生特製から揚げにしようかな」 「いいのか?」 「うん。おかわりできるようにご飯もたくさん炊くね」 俺が笑うと、柊吾も嬉しそうに笑った。 子供みたいに無邪気な笑顔。 夏の太陽みたいに眩しくて可愛い顔されたら、何だってしてあげたくなっちゃう。 今まで年上好きを公言していた俺だけど、年下もいいかも…なんて思ってしまうほど愛おしくて可愛い。 皆が年下の俺を可愛がってくれる時、こんな風に思ってくれてるのかな…。 そんな事を思いながら柊吾の笑顔を見つめた。

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