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第9章 第8話
「父さんは相変わらず急だね」
まぁ、父さんらしいけど…と、出勤前の麻斗 さんがお茶を飲む。
秀臣 さんは賢哉 さんを連れてリビングにやって来た。
2人が恋人だって事は俺がメールで伝えてはいたけど、誠史 さんと賢哉さんは初顔合わせ。
何だか俺までドキドキしてしまう。
柊吾 は大学だから、お土産のお菓子を取っておいてあげよう。
「なかなか仕事の都合がつかなくてね。だが、日本の四季と、その時々の環生 は愛でておきたいんだ」
「…だそうだよ、環生。よかったね」
麻斗さんが微笑んでくれるからうなずいた。
忙しいのに、俺のために帰ってきてくれるんだ…。
嬉しいけど、喜んでいいのかな。
無理…させてないかな…。
「俺が帰りたくて帰ってくるんだ。環生が気をつかってはいけないよ。それに環生がこの家に来て1年が経つだろう?だから余計に会いたくてね」
俺を見ながら色っぽいウィンクをするから、照れてしまう。
「…ありがとう、誠史さん」
そっか…。
もう1年になるんだ…。
毎日が本当に濃くて、かなり充実してて、楽しくて幸せであっという間の1年だった。
「そんな訳で全員で記念旅行に行こう。明日から2泊3日だ。場所はここから車で30分。それぞれ都合があるだろうから、出入り自由の貸し別荘にしたぞ」
相変わらず唐突な誠史さん。
でも、今すぐ出発じゃないし、都合に合わせて参加できるように場所を配慮してくれたのは進歩かも。
「環生を労る旅行だから食事は全部デリバリー、洗濯はクリーニング業者を手配した。環生は何もせずのんびりするといい」
「嬉しいけど…。そんな贅沢…いいのかな…」
「いつもよくやってくれているんだ。たまにはいいだろう。本当は1か月くらいバカンスに連れて行ってやりたいくらいだ」
1か月…!
さすがに1か月のお休みは申し訳なさすぎる。
2泊3日でも充分すぎるくらい贅沢なのに。
「賢哉、仕事の調整はつきそうか」
「あぁ、何とかするよ。秀臣はゆっくり楽しんでくるといい」
あれ?
『秀臣は』…って事は、賢哉さんはお留守番なの?
せっかくの旅行なのに…。
「俺ではない。賢哉の仕事だ」
「秀臣…わかるだろう?家族旅行に僕がお邪魔する訳にはいかない」
「何の問題がある。賢哉は俺の家族だ」
うわぁ、秀臣さんカッコイイ!
皆の前で賢哉さんの事、『俺の家族だ』って言い切るなんて。
俺の中でも、賢哉さんは保科 家の一員って感覚。
2人はもう家族みたいに仲良しだし、賢哉さんも割と頻繁にこの家に出入りしてるし、俺たちとも結構なペースで一緒に食事をしてる。
ただ家だけが違う別居婚カップルみたいな感じ。
だから秀臣さんの言葉が嬉しかった。
でも、俺はただの家政夫。
どうこう言える立場じゃないから、黙って様子を見守る。
賢哉さんは驚いた表情だし、誠史さんは興味深そうだし、麻斗さんは温かい眼差しで皆を見てる。
「確かに書類上はまだ他人だ。だが、6月の第一日曜に、家族になろうと正式に話すつもりで…」
「6月の第一日曜…?」
不思議そうな顔をする賢哉さん。
今年の第一日曜は…確か、6月6日。
何だろう、2人の記念日なのかな…。
いきなり始まった公開プロポーズにドキドキが止まらない。
俺がプロポーズされてる訳でもないのにキュンキュンする。
あぁ、柊吾にもこの場にいて欲しかった…。
「6月の第一日曜は『プロポーズの日』なんですよ。藤枝 さん」
麻斗さんが声をかけると、賢哉さんはますます驚いた様子を見せた。
「そんな事、少しも…」
「すまない、順番がおかしくなってしまった」
照れと慌てた感じの混じった様子で話す秀臣さん。
きっと思い描いていたプランがあったんだろうな…。
俺の勝手な想像だけど、2人は形式にはこだわらないタイプだと思ってた。
書類なんか出さなくても、2人はお互いを理解し合ってるし、強い絆で結ばれてるって思ってたから…。
「藤枝くん…だったね。もちろん君の分も予約してあるよ。君が秀臣の家族なら、俺にとっても家族だ。遠慮せずに来るといい」
誠史さんの言葉に胸がジン…とあったかくなった。
誠史さんは気まぐれで、自分中心の生活を送ってる人だけど、こうやって皆を受け入れてくれる感じが素敵。
俺は誰の恋人でもないから、完全に他人なのに本当の家族みたいに接してくれるし…。
「賢哉…一緒に行かないか」
「…わかったよ、秀臣。保科さん、僕も皆さんにご一緒させていただきます」
急な事でちょっと困った様子だけど、表情は穏やかで嬉しそう。
賢哉さんの答えを聞いた俺たちは、幸せな気持ちになって微笑み合った。
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