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第9章 第21話

麻斗(あさと)さんをお風呂に誘ったら、オレンジジュースを飲みながら入ろうかって提案してくれた。 お風呂でジュースを飲むってどんな感じなんだろう。 初めての経験だから楽しみ。 きっと麻斗さんは、エッチな流れにならないように気づかってくれたんだと思う。 オレンジジュースを飲みながら、ゆっくりおしゃべりをしようって、麻斗さんのメッセージなんだと思う。 俺にこれ以上性的な事を意識させないように。 もし、麻斗さんが求めてくれたら俺はきっとエッチな事をすると思う。 だって麻斗さんにも喜んで欲しいから。 それに、気持ちいい事が好きな俺は、もうエッチな事はいいかな…って思ってても、触れ合ってるうちにだんだん欲しくなってしまうから。 「環生(たまき)、滑るから気をつけて」 「うん、ありがとう」 優しい麻斗さんは俺が転ばないよう、手を繋いで露天風呂まで連れてきてくれた。 2人並んで腰のあたりまでお湯につかる。 「乾杯、環生」 「乾杯、麻斗さん」 グラスに注ぎ合ったオレンジジュース。 乾杯をして一口ずつ飲んだ。 冷たくて甘酸っぱいオレンジジュースが喉を通っていくのがわかる。 火照った体がスッと冷えていく感じ。 「大自然に囲まれた露天風呂でジュースを飲むのって贅沢だね」 美味しい…と、俺が笑うと麻斗さんも嬉しそうに笑う。 「そうだね。いつもより美味しい気がするね」 優しくて穏やかな麻斗さんとの時間は俺の癒し。 麻斗さんが側にいてくれるだけでホッとする。 「ありがとう、麻斗さん。特別な思い出を作ってくれて」  「特別な思い出?」 「そう…。全部俺が望んでした事だし、嬉しかったけど、ここに来てからずっとエッチな事ばかりしてた気がして…。でもね、麻斗さんのおかげでそれ以外の思い出もできたよ。これからオレンジジュースを飲む時や、露天風呂に入る時は麻斗さんと一緒に飲んだな…って思い出す。そんな思い出ができて嬉しい」 俺がそう伝えると、麻斗さんは切ない表情を浮かべた。 「ごめんね、環生を労る旅行なのに…。そんな時まで環生を性的な目で見てばかりで…」 麻斗さんが謝る必要なんてどこにもない。 だって俺がそうして欲しいって願ったから。 皆も俺の気持ちを尊重して、大切に接してくれたから。 「それはいいの。家にいると家事も気になってこんなに全力でエッチな事ばかりできないもん。俺ね、皆に愛される生活が幸せなの」 「環生…」 麻斗さんは安心したような、不安そうな複雑な顔をした。 『環生の誘いを断って傷つけたかも知れない』 『俺は環生が望むほど、環生を求めきれていないかも知れない』 『環生に淋しい思いをさせているかも知れない』 性的に淡白で、セックスに対してトラウマを抱えてる麻斗さん。 きっとそんな事を思って不安になったんだと思う。 「大丈夫だよ、麻斗さん。俺も四六時中セックスだけがしたい訳じゃないよ。麻斗さんとこうやって一緒に過ごして思い出作りをするのも幸せ」 だから、そんな顔しないで…と伝えると、少しだけ表情が和らいだ気がした。 「環生は優しいね、本当に…」 麻斗さんの瞳が潤んだ気がした。 「俺といる時にどうしてもしたくなったら、他の誰かのところへ行ってもいいからね」 「そんなの嫌、俺を離そうとしないで…。麻斗さん…抱けない時は指でしてくれるって約束したよ。それに麻斗さんといる時は『麻斗さん』にムラムラするんだもん…」 他の人は嫌…と、訴えると、麻斗さんはハッとしたように俺を見た。 「そうだね、約束したね」 ありがとう…と、麻斗さんの手が遠慮がちに頬に触れた。 きっとグラスを持ってなかったら、ぎゅっと抱きしめてくれたんだと思う。 「うん…。でも、もしそんな気分じゃない時は教えてね。俺…麻斗さんの腕の中で自分でする」 だから安心して…って、麻斗さんの手に頬ずりした。 「環生は頼もしいね」 「麻斗さんのおかげだよ。麻斗さんがどんな俺でも受け入れてくれるから…。麻斗さんに愛されてる自信があるから、こんな事も言えるの」 「よかった、ちゃんと環生に気持ちが届いていていたんだね」 「うん…」 2人で見つめ合って微笑んで、一緒にオレンジジュースを飲んだ。 すっかり温くなってしまったオレンジジュース。 甘くて優しい幸せの味がした。

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