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第10章 第5話
7月に入って少したった頃。
カブトムシの『黒糖 』や『甘栗 』のお世話をしながら家事をして、ネットショップのお手伝いと推し活をする毎日。
充実してるから、1日があっという間に終わってしまう。
晩ご飯の下ごしらえをする前に、おやつの水羊羹を食べていたら、珍しく家の電話が鳴った。
誰だろう…。
急いで飲み込んで受話器を取ったら、その相手は香川 さんだった。
驚きすぎて飲み込んだはずの水羊羹が口から飛び出すかと思ったし、受話器を落としそうになった。
『こんにちは、環生 さん。先日はありがとうございました』
「こ、こちらこそありがとうございました」
まさかまたこうして話す事ができるなんて思ってなかった。
姿なんて見えてないのに、ついペコペコと頭を下げてしまう。
『お手紙も読みました。ご丁寧にありがとうございましま』
「…読んでくださってありがとうございます。香川さんにお目にかかれたのが嬉しくて…どうしてもお礼の気持ちを伝えたくて…」
耳元で響く香川さんの優しい声。
だめ…、恥ずかしくてこれ以上は耐えられない!!
「あ、麻斗 さんですよね、今すぐかわりますね」
一方的に保留ボタンを押して、麻斗さんに取り次いだ。
俺の勢いと必死な形相に驚いた様子の麻斗さん。
ありがとう…と言って、子機を受け取ってくれた。
よくわからないままキッチンまで逃げてきてしまった俺。
聞き耳を立てるのはマナー違反だと思うけど、少しでも香川さんの声が漏れてこないかな…と思って耳をすます。
香川さんと麻斗さんは、家の電話番号を教える間柄なんだ…。
仕事の話をするなら、携帯やお店の電話の方が早そうなのに。
そんな事を考えていると、麻斗さんが俺を呼んだ。
「環生、香川さんがかわって欲しいって」
「えっ、あ…うん…」
どうしよう、これ以上何を話したらいいんだろう。
助けを求めるように麻斗さんを見ると、微笑んで背中を撫でてくれた。
「はい…、かわりました」
『何度もすみません。環生さんに話したい事があるんです。環生さん、チーズケーキは好きですか?』
「えっ?は、はい…。好きです」
いきなりチーズケーキの話題。
今度SNSに載せる予定なのかな…。
『よかった。もしお時間があったら、今週の土曜日にチーズケーキを食べに行きませんか?』
ま、まさかのお誘い!?
驚きすぎて言葉が出てこない。
『…あまり…気乗りしませんか?』
「いえ…、違うんです。驚いて思考が止まってしまっただけで…。俺、香川さんと一緒にチーズケーキ食べに行きたいです」
『よかった…。では14時に車でお家まで迎えに行きますね。私の連絡先をお伝えしたいんですが、メモはとれますか?』
「あ、はい。お願いします」
俺は聞き漏らさないよう、全意識を耳に集中させながら、震える手でメモをとった。
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