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第10章 第6話
〜side.柊吾 〜
大学から帰ってきたら、環生 が真剣な顔で洋服選びをしていた。
どうやら麻斗 経由で知り合った推しのフードコーディネーターと出かけるらしい。
「柊吾、シャツとカットソーどっちがいいと思う?」
「どっちも似合うぞ。環生の好きな方でいいだろ」
「うーん、どうしようかな…」
迷いながらも楽しそうな環生。
憧れの男と出かけるんだから当然だ。
環生は優しくて素敵な人だってベタ誉めしていたが、俺はその男が気に入らなかった。
環生が好意を寄せているのを知っていて、2人きりで会おうとする奴なんて軽い男に決まってる。
環生はただでさえガードが緩い。
完全に信頼している男が相手なら尚更だ。
大丈夫なのかよ…。
俺の心配をよそに、ご機嫌な環生は晩ご飯にオムライスとハンバーグ、ポテトサラダ、コンソメスープを作った。
麻斗は仕事だし、珍しく秀臣 は藤枝 さんの部屋へ泊まりに行ったから、今夜は環生と2人きりだ。
風呂上がりに並んでソファーに座って、アイスクリームを食べる。
一緒にドラマを見ていても浮かれた環生は完全に上の空だ。
「そんなに楽しみなのか?」
「うん…。楽しみすぎてどうにかなりそう」
「まだ3日も先だろ?」
「うん。でも、嬉しくて…」
環生のそんな顔を見たのは初めてだった。
まるで、恋でもしているみたいな瞳。
いつもの環生も可愛いけど、今の環生も可愛かった。
「なぁ、環生。そいつの事…恋愛対象として見てるのか?」
「そ、そんな事ないよ。好きな芸能人を見てキャーキャー言ってる感じに近いかな」
慌てた環生は早口でそう言った。
「ふーん…」
「えっ、何?どうしてそんな反応するの?」
「別に…。そいつが環生を抱きたいって言ったら、お前どうするんだよ」
「どうするも何も…。彼は雲の上の人だよ。俺の事をそんな目で見ないよ」
「そんなのわからないだろ。そいつに下心があったらどうするんだよ。チーズケーキ食べに行った帰りにそのままホテルに連れ込まれたら…」
「考え過ぎだよ…。彼は名前も顔も知られてる地位のある人だし、人目もあるから無茶な事はしないよ」
何言ってるの…と、若干呆れた様子の環生。
眉間に寄ったシワも、冷ややかな視線も悪くない。
「そんなのわからないぞ。現に芸能人だって不倫も浮気もしてるだろ」
「それは一部の人でしょ?世の中の人全員が柊吾みたいにエッチな事ばかり考えてないし、俺に欲情しないから…」
環生は全然男心がわかっていない。
環生みたいに控えめで可愛くて気配りができて、無邪気で甘えん坊で、好意を向けられるとすぐその気になって、エッチな事が好きで…。
男は環生みたいなのが大好物なんだ。
だめだ、すぐにお持ち帰りされる未来しか見えない。
「なぁ、俺もついて行っていいか。心配で居ても立っても居られない」
「だめ、着いてこないで」
「じゃあせめてGPSの発信機を…」
「柊吾」
俺の話を遮って名前を呼んだ環生。
声は割とキツめだったのに、膨れっ面はどうしようもなく可愛かった。
「柊吾、酷いよ。ちゃんと話した事のない香川 さんの事を悪く言うなんて」
「悪い…。でも、俺は…」
「わかってる。柊吾が俺の事を心配してくれてるのはわかってるよ」
怒ってごめんね…と、俺の手を握る。
「それならいいんだ。でも、気をつけろよ。俺は…環生が傷つくのが嫌だ」
「うん、気をつけるね」
ありがとう…と、俺の肩に頭を乗せて甘えてくるから、そっと肩を抱く。
嬉しそうに微笑んだ環生は俺の膝に乗ってきて、ぎゅっと体を寄せてきた。
だめだ、やっぱり可愛すぎる。
こうなったらあの作戦を決行するしかない。
環生をぎゅっと抱きしめながら、俺は心を決めた。
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