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第10章 第8話
抹茶ミルクみたいな淡いグリーン色の車から降りてきたのは香川 さん。
ゆったりしたシルエットの白いシャツにベージュのパンツ。
丈の長いカーキ色のカーディガンを羽織っていた。
グリーンが好きなのかな…。
「こんにちは、環生 さん」
「こ、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。さぁどうぞ」
助手席のドアを開けて俺をエスコートしてくれたけど、そんな特別扱いされたら余計に緊張してしまって体中に力が入る。
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。リラックスしてください」
運転席に乗り込んだ香川さんが微笑んでくれたけど、距離の近さにドキドキして、リラックスなんかできるはずがない。
俺は黙ってうなずく事しかできなかった。
「もう少し話してから出発しますか?」
「えっ…?」
「心の準備ができていないうちに車を出したら、怖い思いをさせてしまうかと思いまして…」
「だ、大丈夫です。ごめんなさい、憧れの香川さんとお出かけだと思ったら緊張してしまって」
「…憧れだなんて大げさですよ。私はどこにでもいる普通の人間です。今日一緒に過ごしたらわかりますよ」
さすがに『普通の人間』は謙遜しすぎだと思う。
こんなに人気者で素敵な人なのに。
でも、香川さんが一瞬切ない表情を浮かべたのが気になった。
もしかしたら、尊敬の眼差しを向けられるのが嫌なのかな…。
もっと普通に接した方がいいのかな…。
様子がわかるまで、プライベートの香川さんを特別視しすぎるのはやめようと思った。
「チーズケーキ早く食べたいです。楽しみでお昼ご飯ちょっと控えめにしちゃいました」
「私もですよ。じゃあ行きましょうか」
「はい、お願いします」
俺が返事をすると、香川さんは嬉しそうに車を出してくれた。
20分くらい車を走らせて香川さんが連れてきてくれたのは、住宅街の中にある静かで小ぢんまりしたナチュラルなカフェだった。
木のいい香りがするし、布雑貨や手作り小物も売っていた。
移動中に、『お休みの日は何をしてるんですか?』って聞いてみたら、プライベートの事をたくさん話してくれた。
休みの日はほとんど家にいる事。
昼前に起きて、パジャマのままカップラーメンを食べて、ソファーでくつろぎながら録画したドラマを見たり、本を読んだり。
そのままうたた寝をしてしまう事もあるらしい。
ぼんやりしていてゴミを出し忘れる事も、飲みかけのペットボトルがあるのを忘れて新しい物を開けてしまう事もあるんだって。
お仕事中の香川さんとのギャップがありすぎて、想像が追いつかなかった。
クラシックとかインスト曲を聴きながらスコーンを焼いて、オシャレなティーカップでいい香りの紅茶を飲んで…みたいな優雅な暮らしをしてると思ってたから。
予想以上に庶民的な人なのかも。
「オフィシャルの私は仮の姿ですから。でも、丁寧な暮らしをしているってイメージがついているならよかったです」
香川さんはそう言って笑ってた。
公式の香川さんの優しい微笑みも素敵だと思ってたけど、今の自然体な微笑みの方がいいと思った。
香川さんがかけてくれた曲は俺もお気に入りの曲だった。
柊吾 と見ているドラマのエンディングテーマ。
夏の恋をテーマにした爽やかなミディアムバラード。
これを聴きながらドライブデートできたら素敵だな…って思ってた曲。
恋人同士でもないし、デートと表現していいのかな…?的なお出かけだけど、そんな雰囲気が味わえて嬉しかった。
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