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第10章 第9話
「環生 さん、お先にメニューをどうぞ」
窓際の向かい合った席に案内された俺たち。
メニューが1冊だけだったから、香川 さんが譲ってくれた。
「ありがとうございます。あの…よかったら一緒に見ませんか?一緒に選んだ方が楽しいかな…って…」
保科 家で暮らしてると、ほぼ誰かが家にいるし、共有スペースで何かをする時は誰かと一緒。
その生活に慣れてしまった俺は、『1人で先に』が淋しいと感じた。
もともと甘えん坊なだけかも知れないけど。
「では一緒に見ましょうか。何にしましょうか…」
「えっと…」
ケーキは香川さんオススメの定番チーズケーキにしよう。
でも、限定モノに弱い俺は期間限定のメロンのタルトや数量限定の完熟マンゴーのムースも気になる。
…けど、せっかく『チーズケーキを食べよう』って誘ってくれたんだから、ここはやっぱりチーズケーキ…。
あぁ、でも…。
「環生さん、このアフタヌーンティーセットはどうですか?定番から限定まで全6種類のミニケーキと、フルーツやサンドイッチ、スコーンなどがついたセットです」
「わぁ、これがいいです。どれも美味しそうって思ってたんです」
俺が瞳を輝かせると、香川さんはそれをオーダーしてくれた。
店員さんに接する時も、穏やかで話し方も柔らかくて優しい人だった。
ちょっと麻斗 さんに雰囲気が似てるかも。
また香川さんの素敵なところを発見してしまった。
少し待っていると運ばれてきたのは豪華な三段のアフタヌーンティーセット。
お昼控えめにしてきてよかった。
香川さんオススメのチーズケーキは、ベイクドタイプだった。
真っ先に一口食べたら甘さも、濃厚さも控えめで優しい味。
さり気ないレモンの香りが爽やか。
まるで香川さんみたいだな…って思った。
ケーキやフルーツを食べながら、おしゃべりをした。
香川さんの事なら何でも知りたい。
お風呂で一番最初に洗い始めるのはどこなのか、靴下は左右どっちからはくのか…。
そんなネットや雑誌に載ってないような細かな事も全部知りたい。
でも、一番は香川さんが話したいって思う事を聞きたい。
最近観た映画の事、ふらっと入ったカフェの事。
香川さんが話してくれた事は何一つ聞き漏らさないつもりで必死に耳を傾けていると、香川さんが優しく微笑んだ。
「たまちゃん」
「えっ…?」
一瞬、耳を疑った。
今、たまちゃんって…。
俺の事…だよね…?
「あぁ、すみません。環生さんが真剣に私の話を聞いてくれるから嬉しいな…と思いまして。その一生懸命さが可愛らしいなぁと思ったら、ふと…呼んでみたくなりました」
「あ、ありがとう…ございます…」
その感覚はよくわからなかったけど、いい印象を持ってもらえて嬉しい気持ちになった。
香川さんが気まぐれに呼んだ俺の名前。
ただ…それだけで幸せだった。
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