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第10章 第19話
そんなこんなでぶどう狩り当日。
今日の天気は曇りで、気温もそこまで高くない。
少し風もあるから、屋外でも過ごしやすいはず。
今日の香川 さんは黒っぽい服装。
汚れてもいいように…かな。
お仕事の時の柔らかな色合いのコーディネートも素敵だけど、全身黒も素敵。
何だろう…溢れ出る色気みたいな。
香川さんは家から車で1時間くらいの場所にあるぶどう農園に連れてきてくれた。
ゆっくりできそうな木陰にレジャーシートを敷いて、場所を確保する。
お尻が痛くならないよう、クッション性の高い物にした。
ぶどうを冷やすブロック氷やウェットティッシュ、ビニール袋…。
香川さんに快適に過ごして欲しくて、念入りに準備をした。
『たくさん準備してくれてありがとうございます。大変だったでしょう』って労ってくれたから、もうそれだけで充分。
マスカットと巨峰を一房ずつ狩って、ブロック氷で冷やしてるうちにサンドイッチを買いに行く。
どんな時でも香川さんがリードしてくれるから、俺はお任せしてついていく。
併設のカフェで売っていたのは、SNS映えしそうなカラフルで分厚い萌え断サンドイッチ。
パンは4枚切りくらいの厚さで、レタスや人参のラペ、ハム、チーズがたっぷり。
メインの具が選べたから、香川さんはふわふわの厚焼き玉子とウィンナー、俺はエビとアボカドにした。
ミネストローネと一緒にテイクアウトして、確保しておいた拠点へ戻る。
何だか…一緒に家へ帰ってきたみたい。
一緒に生活してるみたい。
…って、俺…何考えてるんだか。
妄想が酷すぎて、自分でも驚いた。
「せっかくだからいただきましょうか、環生 さん」
「はい。いただきます」
「いただきます」
2人いただきますを言って、さぁ一口…と思ったけど、どこから食べよう。
分厚くて全部口に入る気がしない。
ガブッと食いついたら具が下にはみ出るし、横から食べていったら、崩れてしまいそう。
ためらっている俺をよそに、香川さんは上から豪快にかぶりついた。
ええっ、そんな感じなの?
あちこち汚さないよう、切り分けてフォークで食べるタイプの人だと思ってた。
「美味しいですよ、環生さん」
ニコッと微笑んだ香川さんの口や指には、溢れたケチャップがたくさんついていた。
「香川さん、ケチャップが…」
急いで両手が塞がってる香川さんの口元をウェットティッシュで拭う。
香川さんは『すみません…』と、言いながらも俺のされるがまま。
子供みたいで可愛い。
これが香川さんの『素』なのかな…。
俺にもしてあげられる事があって嬉しい。
たくさんウェットティッシュを持ってきてよかった。
「ありがとうございます、環生さん。きっとどうやってもこぼすだろうなと思ったので、美味しくいただく事にしました」
あんなにケチャップをこぼしてたのに、爽やかに微笑む香川さん。
笑顔の素敵さと、あまりの距離の近さに驚いて、思わず変な声を出してしまった。
「あのっ…俺…手を洗ってきます…」
恥ずかしさに耐えられなかった俺は、大急ぎでその場を後にした。
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