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第10章 第21話side.恭一

〜side.恭一(きょういち)〜 「香川(かがわ)さん、心配をかけてしまってすみませんでした」 レジャーシートに戻ってくるまでも、戻ってからも環生(たまき)さんは申し訳なさそうな顔をしている。 「いいえ。そもそも私が上手にサンドイッチを食べなかった事が発端ですから」 「そんな事ないです。俺が勝手な事をしたから…」 俺がいけないんです…と、悲しそうにうつむいたまま。 比較的感情が一定の私にとって、感情豊かな環生さんはとても生き生きして見える。 色々な表情を見せてくれるのは喜ばしいけれど、やはり笑っていて欲しい。 「謝り合うのはやめにしませんか?食事は楽しくしましょう。ほら、ぶどうも冷えて食べ頃ですよ」 そう声をかけると、環生さんはようやく顔を上げた。 「どうぞ、環生さん」 「はい…いただきます」 マスカットを口にふくむと、『美味しい…』と柔らかな笑顔を見せた。 「甘くて美味しいです。香川さんも食べてみてください」 促されるまま口にすると、瑞々しい果汁が口いっぱいに広がった。 「いいですね。爽やかな甘さで美味しいです」 私が『美味しい』と言うと、さらに嬉しそうに笑う。 その優しい心や笑顔が可愛らしいと感じた。 「美味しくて手が止まらないです」 環生さんは幸せそうにマスカットを頬張る。 あぁ、よかった。 すっかり元の環生さんに戻った…。 先ほど、環生さんを迎えに行った時、見ず知らずの男性が環生さんを誘っていると思って驚いた。 環生さんを1人で行かせてしまった事を後悔した。 この農園を選んだのも、連れてきたのも私。 私には環生さんを守る責任がある。 環生さんに怖い思いをさせてしまったかと思うと、生きた心地がしなかった。 ヒーローみたいに人助けをした事も、喧嘩をした経験もないけれど、私がどうにかするべきだと強く感じた。 『私の大切な恋人に手を出さないでください』 そう言って相手を怯ませるつもりで一歩を踏み出した。 近づいてみると、2人は随分と親しげな様子。 相手の男性は優しく微笑みながら環生さんの前髪に触れていた。 環生さんもそれを当たり前のように受け入れていた。 その様子を見て、大きなショックを受けた。 環生さんは私を好きでいてくれると淡い期待を抱いていたから。 私といる時よりリラックスした様子の環生さんを見て、胸が苦しくなった。 「環生さんと柊吾(しゅうご)さんは仲がいいんですね。お付き合いをしているんですか?」 巨峰の皮を剥いていた環生さんは瞳を丸くした後、慌てた様子でふるふると首を横に振った。 「柊吾とは恋人とか特別な感じではなくて…。兄と弟みたいな家族に近い関係なんです。でも、柊吾とは保科(ほしな)家の中で一番仲がいいから、恋人同士に見えてしまったのかも知れないです」 あの姿はどこからどう見ても仲睦まじい恋人同士。 環生さんにそのつもりがなくても、柊吾さんは…? 急に環生さんが手の届かないところへ行ってしまう気がして不安になった。 環生さんに側にいて欲しい。 これからもすぐ側でその笑顔を見せて欲しい。 予定より早まってしまったけれど、今日想いを伝えよう。 そう心に決めた。

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