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第10章 第23話
「ありがとうございます。環生 さん、せっかくだからぶどうのおかわりを取りに行って、ゆっくり話しながら食べましょうか」
香川 さんは俺が差し出した巨峰を一粒食べると、優しく微笑みながら立ち上がった。
「環生さん、足元に気をつけてくださいね」
「は、はい…」
香川さんはずっと俺を気づかってくれる。
さっきもぶどうを食べる俺をずっと見つめていてくれた。
俺が落ち込んだから、元気づけてくれようとしてるのかも。
最初にぶどう狩りをした時より距離も近い。
誰かから声をかけられないように恋人っぽく振る舞って守ってくれてるのかも。
嬉しいけど、恥ずかしくてどんな顔をしたらいいかわからない。
柊吾 に見られてたら、後からからかわれるに決まってる。
でも、うつむいてたら香川さんに心配をかけてしまうから、頑張って顔を上げるようにした。
ぶどうを食べながら、子供の頃に好きだったアニメや学校の給食の事、学生時代にやっていた部活の事…お互いの昔話をたくさんした。
香川さんは俺より7歳お兄さん。
当時見ていたアニメや流行っていたおもちゃも曲も全然違って知らない事が多かったけど、新鮮で面白かった。
やっぱり香川さんは大人で優しくて、素敵。
声のトーンも穏やかだから心地いい。
感情を揺さぶられるようなハラハラドキドキする体験も好きだけど、こうやって落ち着いて過ごせるのが幸せだと思った。
お腹いっぱいぶどうを食べた後は公園を散歩する。
たくさんおしゃべりをして、香川さんにも慣れてきた俺は欲が出てきた。
香川さんの気配を感じたくて、こっそり香川さんに近づいて歩く。
手が触れそうで触れないもどかしい距離。
手を伸ばしたら届くけど、グッと我慢する。
キラキラした香川さんは皆の香川さん。
俺はたくさんいるファンの1人。
勘違いしちゃダメ、これ以上欲張っちゃダメ…。
心の中で何度も何度もそう自分に言い聞かせる。
もし、香川さんが何者かを知らないまま出逢っていたら、未来は変わっていたのかな…。
もっと気軽に『好き』って言えたのかな…。
そんな事を考えながら歩いていくと池があって、スワンの足漕ぎボートがあった。
「環生さん、せっかくだから乗ってみましょうか」
香川さんはニコッと微笑んだ。
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