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第10章 第28話
「環生 さん、私の話もしてもいいですか?」
「はい…。香川 さんの事…何でも知りたいです」
今度は香川さんが身の上話をしてくれた。
香川さんのお父さんはホテルのフランス料理店のシェフ、お母さんは看護師をしていた事。
2人とも休みが不規則だったり、帰りが遅かったりして、ひとりっ子の香川さんは幼い頃からよく1人で留守番をして、1人でご飯を食べていた事。
香川さんが中学生の時にご両親が病気で急逝してしまった事。
全寮制の高校に進学して、卒業後はずっと一人暮らしをしていたから、普通の温かい家庭に憧れていると話してくれた。
もしかしたら香川さんが演出する食卓は、香川さんの憧れが詰まってるのかな…。
温かな家庭で育ったから、あんなに優しい食卓を演出できるんだと思ってたけど、本当の香川さんはずっと淋しさを抱えていたのかな。
そう思うと切なくて胸がギュッとなった。
俺でいいなら、香川さんの家族になりたい。
明るい部屋で、温かい食事を並べて『おかえりなさい』を言いたい。
一緒にご飯を食べて、おしゃべりをして、テレビを見て…。
香川さんの憧れる温かい家庭を一緒に作っていきたい。
「私は家族の温かさや在り方をよく知りません。もちろんこれから学んでいくつもりでいます。でも、それが感覚的に備わっていない事で、知らず知らずのうちに環生さんを傷つけてしまう気がして不安になってきました」
きっと俺が保科家の皆と賑やかに暮らしてるのを知って、気遅れしてしまったんだと思う。
俺を淋しがらせてしまうって思ったのかな…。
それとも…価値観が違うのを理由に、丁重にお断りされる流れなのかな…。
大人の香川さんは『恋人でもない複数の男と同居して毎日のようにセックスしてる人は無理』って、ハッキリ言わないと思うから。
もういいや、仕方ない。
ダメならダメでいい。
自分の気持ちを全部伝えたら、何だかスッキリした。
これでもう思い残す事はない。
これで断られるなら縁がなかったんだ。
香川さんは運命の赤い糸の相手じゃないんだ。
そうやって開き直る事ができたのは、俺を受け入れてくれる皆がいるから。
俺には帰る場所だってある。
例え…香川さんにフラれたって大丈夫。
「環生さん、こんな私でもよかったら結婚を前提にお付き合いしてください」
「け、結婚…!?」
今、結婚って…。
保科 家の皆との事も踏まえた上で、俺を選んでくれるの…?
「はい、そうです。私は今の生活をしている環生さんを好きになりました。私と恋人関係になるからと言って環生さんの生活に口を出す権利もつもりもありません。環生さんは今のままで問題ありません。私が環生さんを幸せにできるよう努力するだけです」
フラれる覚悟を決めていたのに、サラッと受け入れられて、拍子抜けしてしまった。
いいのかな…。
香川さんって何でも受け入れられる大物なのかな…。
それとも、あんまり深く考えないタイプ…?
「…本当にいいんですか?俺は…望み通りになって嬉しいけど、香川さんがモヤモヤしてしまうんじゃないかって…」
香川さんが動じないから、俺の方が動揺してしまう。
本当に俺でいいの…?
「私は大丈夫ですよ。環生さんの覚悟も私への気持ちも充分伝わりました。それよりも環生さんのお家の方が新参者の私を受け入れてくださるかどうか…」
「皆なら大丈夫です。好きな人と両想いになったって言ったら、喜んでお祝いしてくれると思います」
相手が香川さんなら大丈夫。
皆も絶対認めてくれるはず。
俺は自信満々でそう伝えた。
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