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第10章 第30話side.恭一
〜side.恭一 〜
環生 さんが私の想いを受け入れてくれた。
私を好きだと言ってくれた。
レジャーシートに戻るために並んで歩いていると、幸せそうに微笑みながら私を見つめる環生さん。
嬉しそうな恥ずかしそうな様子が愛おしい。
手を繋ぎたい…そう思った。
そう思っても迂闊に手は出せない。
環生さんはご両親や保科 家の皆さんの大切な環生さんだから…。
──子供の頃の私が家族3人でゆっくり過ごしたのは年に数える程度。
これといった思い出を作る間もなく、両親は立て続けに逝ってしまった。
それほどに両親は忙しい毎日を送っていた。
私を養うためだったのか、自分の夢を追い求めたからなのか、はたまた労働環境が悪かったのか…。
そういった話を聞かされる事もなかった。
着る物も食べる物も、欲しい物も…お金で買える物は与えられていたから、それなりに愛されていたのだとは思う。
ただ、家族の温かさや安らぎを感じる事はほとんどなかった。
ホームドラマを見たり、友達から家族のエピソードを聞いたりしても、自分とは別世界の話のようで、よくわからなかった。
大学生になった時、初めて恋人ができた。
恋人と家族のように暮らしたら、家族の温もりを理解できると思ってよく恋人を家に招いた。
お互いの誕生日もクリスマスも年末年始も、何もない平日もほとんど一緒に過ごした。
物音、におい、笑い声、たくさんの食器…誰かが家にいる気配。
これが欲しかった家族の温もりなんだと、毎日安らぎを感じていた。
そんな毎日が1年ほど続いた頃。
恋人が泣きながら別れたいと言い出した。
『お父さんやお母さんとも過ごしたい。親戚の集まりにも顔を出したい。恭一の家族ごっこに付き合うのはもう耐えられない』
私は恋人から家族と過ごす時間を奪っていた事に気づかされた。
恋人には帰る場所がある事を思い知った。
それ以来、誰かと恋をしても自分から誘う事が怖くなった。
恋人からだけではなく、恋人の両親からも家族である我が子と過ごす機会を奪っているのではないか。
さじ加減のわからない私は、恋人に触れる事すら申し訳ない事だと思うようになった。
誰かの大切な我が子に勝手に触れてしまっていいのか…。
そう思うようになった。
環生さんは皆から愛されている大切な存在。
お家の方にご挨拶を済ませるまではむやみに触れないように…と自分を戒める。
でも、私の隣をふわふわ微笑みながら歩く環生さんが可愛らしくて、愛おしくて。
「好きですよ、環生さん」
「…嬉しい。俺も好きです」
あふれる気持ちを言葉にすると、もっと幸せそうに微笑んだ環生さん。
少し迷うような素振りをした後、遠慮がちに私の手に触れた。
咄嗟に避けてしまうと、環生さんは不思議そうな顔をした。
「…すみません、環生さん。驚いてしまってつい…」
「お、俺こそ勝手に触れてごめんなさい。俺…香川 さんと手を繋ぎたいな…って思って…。もしかして手を繋ぐの…苦手ですか?」
いきなり拒まれて驚いたはずなのに、環生さんは私の様子を気にかけてくれた。
「いいえ…。ただ、皆さんにご挨拶が済んでいないので…」
「そっか…。それもそうですね」
また今度にします…と、淋しそうにしながらも納得をしてくれた様子。
その切ない表情に胸が締めつけられた。
きっと勇気を出して手に触れてくれたはず。
自分の考えを優先するあまり、環生さんに無理をさせているのではないか、傷つけてしまったのではないかと不安を覚えた。
自分のこだわりなど捨てて環生さんの手を握る勇気を出した方がいいのかも知れない。
「…隙あり」
環生さんは戸惑う私の手をスッと握ると、すぐに指を絡めた。
恋人繋ぎをした環生さんは満足そうに微笑んでいる。
「た、環生さん…?」
「…だって…繋ぎたかったんです…。でも俺が勝手に繋いだだけだから、香川さんは俺に手を出してはいないです」
だから問題ないです…と、ふふっと笑う環生さん。
そうまでして私と手を繋ぐ事を望む可愛らしさ。
「あなたという方は本当に…」
きっと環生さんの方が、一枚も二枚もうわて。
環生さんは私の扱い方が上手い。
私の考えや気持ちを尊重しながらも、さり気なく自分の望みを叶えてしまう環生さん。
私に不満を感じても受け入れるふりをして、結局は自分の思い通りにしてしまうんだろう。
私が気づかないうちに。
そこにある種の逞しさを感じた。
環生さんなら、私の偏った感覚も頭ごなしに否定する事なく、やんわりと受け止めて上手く軌道修正してくれるに違いない。
人に接する事や、関係を深めていく怖さを和らげてくれるかも知れない。
繋いだ手の小ささや柔らかさを感じながらそう思う。
可愛らしい外見からは想像できないほど、器が大きくて心も強い。
「…皆への紹介が終わったら、今日の分もいっぱい繋いでくださいね」
「…わかりました。その時は私から環生さんに触れさせてください」
それを聞いた環生さんは、春の陽だまりみたいに柔らかな笑顔を浮かべて『約束ですよ…』と囁いた。
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