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第11章 第2話side.麻斗

〜side.麻斗(あさと)〜 「BBQやってる時に環生(たまき)とあの香川(かがわ)って男に会った」 環生が告げた行き先を調べたから、敷地内にBBQ施設があるのは知っていたけど、柊吾(しゅうご)と鉢合わせるとは思っていなかった。 「…柊吾、まさかとは思うけど…環生を尾行した?」 「する訳ないだろ。何だよ、麻斗まで…」 「お前は環生の事となると、見境がないからな」 秀臣(ひでおみ)はそう言いながら冷蔵庫から柊吾の分のわらび餅を出してきた。 「あの2人、両想いだ。あの男、環生が好きでたまらないって顔してた。環生も何もないって言ってたけど、あれは嘘だ。とびきり幸せそうで可愛かったんだ」 確かに環生は香川さんと会うようになって少し変わった。 今まで以上に洋服や髪型に気を配るようになったし、表情も明るくなった気がする。 恋をしたのかな…と思うけど、夜は相変わらず俺たちのベッドに潜り込んでくるし、エッチな事もする。 環生がどんな感覚で俺たちと体を重ねているのかよくわからないけど、もし好きな人ができたら俺たちに抱かれようと思うだろうか。 そこが引っかかって確信が持てずにいた。 「なぁ、環生はあいつの恋人になって、いずれはこの家を出ていくのか」 「落ち着いて、柊吾。話が飛躍しすぎだよ」 「何でだよ。性格も顔も可愛い環生に好かれて拒む奴なんていないだろ」 確かに環生は可愛いし大切な存在だけど、世界中の誰もが環生を選ぶ訳ではない。 好みは人それぞれだから。 でも、柊吾は『皆が世界一可愛い環生を好きになる』と信じて疑わないようだ。 身近な柊吾に毎日誉められ続けているから、控えめな環生も自分に自信を持つようになったんだと思う。 環生の支えになれる柊吾が少し羨ましいと思った。 「そうだな…。下心がない相手を2度めのデートに誘うとは思えない」 「だろ?絶対あの男もその気だよな…」 明らかに落ち込んだ様子の秀臣と柊吾。 俺も環生の事は好きだし可愛いと思うけど、2人は特に環生を可愛がっているから。 「俺…、環生に好きな奴ができたら応援する気だった。でも、今日違う奴と一緒にいる環生を見たらやっぱり嫌だ。環生にはここにいて欲しい。なぁ、誰か環生の恋人に立候補しないか。そうしたら環生はずっとこの家にいるだろ」 柊吾はすがるような瞳で俺たちを見た。 幼い頃に母さんが出ていったし、大好きな恋人を事故で亡くした経験のある柊吾は、身近な人が離れていくのを嫌がる。 今、環生が離れていったら柊吾はどうなるんだろう。 「…柊吾の気持ちはわかるが、俺には賢哉(けんや)がいる。環生を愛人扱いする訳にはいかない。麻斗はどうだ」 「俺は…1人で環生の人生を背負う勇気と自信がないかな…。きっと淋しい思いをさせる。柊吾は…」 「…俺も…まだ…」 多くは語らなかったけど、まだ恋人の事を想っているんだろう。 環生もそれを理解しているから、柊吾を恋愛対象としては見ない。 きっと柊吾の恋人の一件がなかったら、2人は付き合っていたと思う。 それくらい柊吾と環生は仲がいいし、お互いを理解し合っている。 「俺たちは3人でようやく一人前。3人がかりでないと環生を笑顔にできないから、他に好きな人ができても仕方ないよ」 そう伝えて柊吾の分のお茶を注ぐ。 俺たちの誰かと付き合っても、甘えん坊で淋しがりやで、愛されたがりの環生はきっと満たされない。 環生を悲しませる未来が見えているから、誰も名乗りをあげられなかった。 「いや、父さんや賢哉もいるから5人がかりだ。そうか…この際、父さんに頼むか…」 「落ち着いて、秀臣。そんな事をしたら環生が俺たちの親ポジションになってしまうよ」 「そうか、さすがにそれは…」 落ち着いていそうな秀臣が一番動揺している事に驚く。 父さんと環生が恋をして、正式に結婚…となったら、環生は父さんについてロンドンに行ってしまうだろうし、戸籍も色々と複雑になるのに。 「あいつ…今日話した感じ、優しそうないい奴だった。見た目も環生のタイプだったし、仕事もちゃんとしてるから働き者だし健康そうだった。変な性癖とかなければ、俺の見たところ完璧だぞ」 神かよ…と柊吾がつぶやく。 普段の柊吾は誰かを見た目や条件で判断する事なんてないし、真っ先に欠点を探すような人間じゃない。 でも、環生の相手となると、見る目が厳しくなるらしい。 どうやら柊吾の面接はクリアした様子。 「天使みたいに優しくて無邪気で可愛い環生の恋人になる人は、きっと神様みたいな人じゃないと釣り合わないのかもね」 「…何だよ、上手くまとめようとするなよ。神が相手なら俺たちが束になっても太刀打ちできないって事だろ?秀臣や麻斗は環生がいなくなってもいいのかよ」 「よくないよ…。でも、それが環生の幸せなら、何もできない俺たちは応援してあげないと」 秀臣と柊吾を悟すつもりで紡いだ言葉だったけど、本当は自分に向けた言葉。 環生の将来を約束できない無力な自分にできるのは、環生の幸せを願う事。 恋をして成長していく環生を見守る事。 いつでも戻ってきていいよ…と言って環生の帰る場所を用意する事。 それこそが環生の幸せに繫がる事だから…と、何度も自分に言い聞かせながら、あふれそうになる気持ちを押し戻すようにお茶を飲み込んだ。

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