286 / 420

第11章 第6話side.麻斗

〜side.麻斗(あさと)〜 「それで?大の大人2人がどうしてこんな時間に大ゲンカなんてしたの…」 リビングに環生(たまき)柊吾(しゅうご)を連れてきて、食卓に座るよう促す。 勢い余って取っ組み合いでも始めたら困るから向かい合わせで。 3人分の温かいお茶をいれて、俺は中立の立場を示すつもりで誕生日席に座った。 ケンカの原因は、おそらく環生に恋人ができた事。 環生は俺たちと今まで通りの関係を望んだけど、きっと柊吾がまだそれを受け入れ切れなくて、すれ違いが生じたんだと思う。 「聞いて、麻斗さん。柊吾が酷いの。俺の気持ちを無視して、自分の考えばかり押しつけてくるの」 「酷いのはどっちだよ。彼氏の気持ち考えない環生の方が酷いだろ」 2人は興奮した様子で、事の顛末を話してくれた。 何をどう聞いても、ただのすれ違い。 甘えたい環生と、今後の事は香川(かがわ)さんの考えを聞いてからにしたい柊吾の意見が噛み合わなかっただけの事。 「俺は柊吾と俺の事を話したいの。香川さんは関係ないのに…」 「関係なくないだろ、お前あの男の恋人なんだぞ。俺とのセックスなんて恋人悲しませてまでする事じゃないだろ」 2人はまた口ゲンカを始めた。 環生の気持ちも、柊吾の気持ちも手に取るようにわかる。 俺がどちらかの味方をしたり、中途半端に口を挟んだりすると、ますますヒートアップするだろうから、2人が落ち着くのを黙って見守る。 「柊吾の嘘つき!そんな事思ってないでしょ。柊吾だって俺としたいって思ってるくせに…」 「あぁ、思ってるぞ。許されるならこれからも環生を抱きたい。でも…今はもう状況が違うだろ」 「何が違うの?俺は何も変わってないよ。変わらず柊吾と過ごしたいよ…」 ケンカをしていたはずなのに、だんだんただの告白タイムになっていく。 俺は何を見せられているんだろう。 こんな時間にイチャイチャを見せられる俺の身にもなって欲しい。 もう意地を張らずにキスの一つでもして仲直りすればいいと思う。 結局2人は仲良しでお互いの事が大好きなんだから。 柊吾は頭ごなしに環生を否定せず、手を握ってあげればいい。 この先は香川さんと話をしてからたくさんしようと、上手く環生をなだめればいいのに。 環生も自分の要求を押し通そうとしないで、柊吾の話を聞いてあげればいい。 柊吾はまだ環生に恋人ができた現実を受け止め切れていないし、心の整理もついていないから。 いつもはお互いを思いやって上手く落とし所を見つけているのに、どうして今日はここまでこじれたんだろう。 環生はぷうっと頬を膨らませて子供みたいに怒っているし、柊吾も完全にスイッチが入ってしまっているから、柊吾から折れる感じでもなさそうだ。 このままだときっと何時間たっても平行線。 秀臣(ひでおみ)は俺が対応しているのに気づいているから、きっと部屋から出て来ない。 この時間に父さんがフラッと帰ってきて空気を変えてくれるとも思えない。 年長者2人は当てにならない。 困った事になる前に、ここは俺が事をおさめた方がいいんだろうな…と思う。 本当は2人で解決するのが一番いいんだけど、このままケンカを続けたら環生が泣き出してしまいそう。 恋人ができた環生にはもう行くところがあるから、気に入らない事があったらこの家を出て行ってしまうかも知れない。 何があってもそれだけは避けたい。 「わかったよ環生、今夜は俺の部屋へおいで。柊吾に酷い事を言われて傷ついた心を俺が癒してあげる」 そっと環生の手に触れると、環生がちょっと戸惑った表情で俺を見た。 「麻斗、お前何考えてるんだよ!弱ってる環生につけ入って手を出すなんて卑怯だろ」 俺と環生の間に乱入した柊吾は俺の手を払いのける。 環生をしっかりと自分の背にかばって。 「どうして?環生は俺たちとの関係を望んでるんだよ。柊吾が無理なら俺がいる。おいで、環生。恋人の香川さんを忘れてしまうほど気持ちいい事しようよ」 環生に声をかけると、環生は困った顔でフルフルと首を横に振りながら柊吾の陰に隠れた。 可愛い環生。 環生はただ、柊吾に甘えたいだけ。 恋人ができても帰る場所があるって確認したいだけ。 柊吾に好かれてるって確信と、柊吾の優しい言葉が欲しいだけ。 「絶対麻斗の部屋へは行かせないからな。環生、俺の部屋で寝るぞ」 環生に手出しはさせない…と、謎の使命感に燃える柊吾。 さっきまであんなにケンカしていたのに。 結局柊吾も可愛い環生を手離せない。 家にいる時くらいは独り占めしたいんだ。 環生も柊吾に優しくされてホッとしている感じがあるから、もう大丈夫だろう。 「柊吾の部屋に行くの?」 「うん…。ごめんね、麻斗さん」 ありがとう…と、申し訳なさそうな環生。 「いいよ。柊吾に意地悪されたらいつでもおいで」 環生を安心させたくて微笑むと、環生の表情が穏やかになった。 「何だよ、それ。俺は意地悪なんてしてないぞ」 「どうかな…。それは環生が感じる事だからね」 2人の手を取って繋がせる。 モジモジした2人の様子が可愛いと思う。 「はい、仲直りの握手。カップは片付けておくから、ゆっくり寝るんだよ」 おやすみなさい…と声をかけて、可愛くて愛おしい2人を送り出した。

ともだちにシェアしよう!