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第11章 第7話

麻斗(あさと)さんにおやすみなさいと、ありがとうと、ごめんなさいを告げて、2人で柊吾(しゅうご)の部屋へ戻ってきた。 ずっと手を握ったまま。 きっと麻斗さんは俺たちを仲直りさせるためにあんな事を言ったんだと思う。 俺が大好きな香川(かがわ)さんを忘れる事なんてできないってわかってくれてるはずだし、今までに麻斗さんから関係を求められた事なんてほとんどないから。 「布団直すから、そこに座ってろよ」 柊吾は手を離すと、俺の顔を見ないまま俺が暴れてぐちゃぐちゃにした布団を整え始めた。 「お、俺も手伝うよ。俺のせいだし…」 拾った枕からふわりと柊吾のにおいがして泣きそうになった。 柊吾とケンカがしたかった訳じゃないのに。 ただ、柊吾に抱きしめて欲しかっただけなのに…。 「柊吾…ごめんね。お腹…痛かったよね…」 「…お前の蹴り、めちゃくちゃ痛かったぞ。明日、お詫びにから揚げ大盛りだからな」 冗談っぽく言いながら布団を整え終わった柊吾は、俺の手を引いてベッドへ連れて行ってくれた。 「…入って…いいの?」 「俺と一緒に寝るんだろ」 「うん…」 遠慮がちにベッドに乗ると、『今だけな…』と言った柊吾にぎゅっと抱きしめられた。 「しゅ、柊吾…?」 ずっと欲しかった柊吾の優しい温もり。 感極まって涙があふれた。 でも…いいのかな…。 俺は嬉しいけど、柊吾に無理させてないのかな…。 そう思うけど、我慢できなくて俺からもぎゅっと抱きついた。 「ごめんな、環生…。気持ちにも考え方にも余裕がなさすぎて環生を傷つけた」 抱きしめたまま後頭部を撫でてくれる大きな優しい手。 声は少しだけ震えていた。 「俺も…ごめんね。大嫌いなんて嘘だよ。ワガママ言ってごめんね…」 柊吾に抱きしめられると、荒れていた心が穏やかになっていく気がした。 自分でも驚くくらい素直になれた。 「俺ね…香川さんと恋人になれたのは嬉しかったけど、柊吾が離れていってしまうのが怖かった。だからベッドでもぎゅってして安心させて欲しかったの…」 首筋に頬ずりをして、柊吾のにおいを嗅いだ。 とにかく柊吾に甘えたくて仕方なかった。 「…ちゃんと話を聞いてやれなくて悪かった。環生の幸せの邪魔はしたくなくて、それで…」 俺を抱く腕に力がこもる。 気持ちに余裕がなかったのは俺の方。 だって柊吾はいつも俺の事を一番に考えてくれてるってわかってたのに…。 自分が不安だからって、ワガママが通らないからって感情的になって柊吾にも麻斗さんにも迷惑をかけてしまった。 「抱きしめてくれてありがとう、柊吾」 もう大丈夫…と伝えて離れようとすると、柊吾がハーフパンツのポケットに手を入れてゴソゴソし始めた。 「…これ…環生に。今日の土産だ」 差し出された手のひらサイズの小さなビニール袋。 同じ場所に行ったのに、わざわざお土産を買ってきてくれたんだ…。 「ありがとう、開けていい?」 「ん…でも、そんな高価な物じゃないぞ」 「値段なんて関係ないよ。柊吾が俺のために選んでくれた事が嬉しいんだから」 袋を開けると小さな木彫りのぶどうのブローチが入っていた。 「可愛い。ぶどうに顔が描いてある」 「…環生に似てると思って…」 「そうなの?俺、こんなに可愛い?」 「可愛い。環生は…そのぶどうより可愛い」 優しい眼差しと甘い声。 そんな感じで可愛いなんて言われたら、ドキドキしてしまう。 「あ、ありがとう…。ペンケースにつけるね」 毎日家計簿をつけるボールペンを入れているお気に入りのペンケースにつけたい。 せっかく柊吾が買ってくれたんだから、毎日見られる所につけようと思った。 「…柊吾、俺の事大好きなんだね」 「何だよ、急に」 「ううん、独り言」 きっとこのお土産は俺にだけ。 柊吾が俺を特別扱いしてくれてる事がわかって嬉しくなった。 香川さんとももう1回ちゃんと話をしてみよう。 皆が納得できる方法を探して、皆で幸せになりたいって思うから。 「今日は腕枕もキスも我慢する。全部落ち着いたら…またしてくれる?」 「あぁ、落ち着いたらな」 柊吾と一緒に布団に入る。 腕枕は我慢するって言ってしまったから、肩が触れ合うくらいぴったりくっついて。 今日は色々な事があった。 香川さんと両想いになって、柊吾と今までで一番大きなケンカをして、仲直りをして…。 柊吾が変わらず側にいてくれる喜び。 その事に安心した俺はあっという間に眠ってしまったんだ…。

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