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第11章 第10話

香川(かがわ)さんは次のお休みの日、保科(ほしな)家に挨拶に来てくれた。 マンションのエントランスまで迎えに行ったら、オシャレなスーツに身を包んだ香川さんが緊張した様子で立っていた。 初めて見るスーツ姿は、息をするのを忘れてしまうくらい爽やかでキラキラしていてカッコよかった。 360°どこから見ても素敵。 見た目だけで好きになった訳じゃないけど、こんなに素敵な人が恋人だなんて誇らしかった。 「こんにちは、環生(たまき)さん。会えて嬉しいです」 「こ、こんにちは。俺も会いたかったです」 甘くて優しい香川さんスマイルが尊すぎる。 はぁ…瞳が幸せ。 「どうですか?環生さんの恋人にふさわしい姿になれていますか?」 「お、俺にはもったいないくらい素敵です…!カッコよすぎて胸がドキドキします」 「よかったです。さぁ、行きましょうか」 香川さんに促されて一緒にエレベーターへ。 俺の住む家だから、俺がリードしなくちゃいけないのに、スマートにエスコートしてくれる振る舞いはまるで王子様。 それに…トワレのいいにおいがする。 ぎゅって抱きついてクンクンしたくなる。 「好きですよ、環生さん」 「俺も…好きです」 触れ合うのは皆に会ってから…って約束だから、俺たちが気持ちを伝える手段は言葉と表情だけ。 もどかしいけど、それはそれで特別な感じ。 エレベーターの中で伝え合う『好き』は俺たちの仲をさらに深めてくれた気がした。 玄関のドアを開けると、3人が出迎えてくれた。 普通でいいって言ったのに、秀臣(ひでおみ)さんはスーツでキメていた。 麻斗(あさと)さんはいつもと変わらないナチュラルなスタイル。 柊吾(しゅうご)はこの日のために買ったらしい、大人っぽいシャツ。 恋人をこんな改まった感じで紹介するのは初めて。 緊張でドキドキするけど、きっと香川さんはそれ以上。 だから俺がしっかりしなくちゃ。 食卓で皆と顔合わせ。 秀臣さんは威厳たっぷりで落ち着いた様子だけど、きっと緊張して言葉が出ないだけかも。 柊吾も『環生を幸せにできる奴が俺が見極めてやる』って張り切ってたのに、礼儀正しくて誠実で大人な香川さんを前にしたら、借りてきた猫みたいにおとなしかった。 結局、香川さんと面識がある麻斗さんが話を振ったり、ケーキをすすめてくれたりして場を和ませてくれた。 香川さんは仕事の話でも、プライベートな話でも、皆が聞いた事は何でも答えてくれた。 皆も普段だったらそんなに色々聞かないはずなのに。 きっと皆の根底には、俺を任せていいか知りたいって気持ちがあるんだと思う。 香川さんもそんな皆の気持ちを汲み取って、皆を安心させようと思ってくれてるのかも。 柊吾が真剣な表情で、本当に体の関係込みで今まで通りの生活を送ってもいいのかを聞いた時はドキッとした。 香川さんの返答次第で、俺の生活もガラッと変わってしまうから。 皆もドキドキしながら返事を待ってると思う。 柊吾はもし少しでも嫌だと思うならここでハッキリ言って欲しいっていう事も伝えた。 「…私は環生さんや皆さんが望む形でかまいません。愛している環生さんが笑顔でいられるのが一番です。こちらこそ大切な環生さんに触れる事をお許しいただけますか?」 香川さんは心から俺の幸せを望んでくれてる。 変わらず皆と過ごす事も、香川さんと触れ合う事もどっちも俺の幸せだから。 皆と過ごした時間や築いてきた関係を本当に大切に思ってくれてるのも嬉しかった。 それに、すごく謙虚。 こんなに素晴らしい人が存在する事も、そんな人が俺を選んでくれた事も奇跡だと思った。 「環生の同意が大前提ですが…。我々は環生の意思に任せます」 大切な環生をよろしくお願いします…と、頭を下げてくれた秀臣さん。 発した言葉は少なかったけど、その言葉には俺を思ってくれている温かくて優しい気持ちが凝縮されている気がした。 お昼ご飯は麻斗さんがお寿司の出前を取ってくれた。 賢哉(けんや)さんは食事会からの参加。 本当は最初からいて欲しいってお願いしたけど、『いきなり大勢いたら彼を驚かせてしまうからね』って、頭を撫でてくれた。 いつもより高級なネタがいっぱいの大好物のお寿司。 ちゃんと香川さんを紹介できて嬉しかったし、ホッとひと安心したらお腹がペコペコ。 俺はお腹いっぱいお寿司を食べて幸せなひと時を過ごした。

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