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第12章 第2話

「おかえりなさい、環生(たまき)。それから香川(かがわ)さんも」 そう言って俺たちを出迎えてくれた母さんの瞳は恋する乙女みたいにキラキラしていた。 恋人が香川さんだって伝えた時に発覚した事なんだけど、母さんも香川さんの大ファンで、トークショーやイベントにも足を運ぶほどなんだって。 よりよい環境で香川さんのSNS投稿や動画を見たいがために、最新のスマホに機種変更までしたし、料理を楽しめるよう、キッチンまでリフォームして推し活に精を出しているらしい。 香川さんがプロデュースしたテーブルウェアも揃っていた。 リビングの本棚には、自分の部屋かと思うくらい香川さんの本がいっぱいあったし、フォトフレームには香川さんの写真まで飾ってあった。 母さんが用意してくれたお茶とケーキを楽しみながら(もちろん食器は香川さんプロデュースのもの)、お互いの自己紹介をする。 ここは俺の頑張りどころだから、ちゃんと間に入って話を進めた。 でも、2人のなれそめを話していくうちに、だんだん恥ずかしくなってきた。 親に恋バナらしい事をした経験もないし、事ある毎に香川さんが俺の事を誉めすぎるから、どんな顔をしたらいいのかわからない。 父さんも母さんも呆気に取られた様子で、『本当に環生の事なの?』みたいな顔で俺を見てくる。 俺だって自分の事を誉められてる自覚なんてないけど、どれも記憶にあるエピソードばかりだから、間違いなく俺の事。 何だか気まずくて、うつむきながらケーキを食べ続けた。 もっと大事なお話があるんです…と、前置きして、香川さんが姿勢を正す。 改まった雰囲気に流されて俺たちもそうする。 話す内容もわかってるし、母さんにも大体の事は伝えてある。 もっとカジュアルな感じかと思ってたから、急に心臓がバクバクし始めた。 「環生さんのお父さん、お母さん。私は環生さんと結婚を前提にお付き合いさせていただきたいと思っています。交際をお許しいただけますか?」 うわぁ、すごい…! ドラマみたい。 自分の身にこんなドラマチックな事が起きるなんて…。 俺も当事者のはずなのに、雰囲気に圧倒されてどこかぼんやりとその様子を眺めていた。 「もちろんよ。こんなに環生を想ってくれてるんですもの。ねぇ、父さん」 「あぁ、もちろんだ。環生をよろしくお願いします」 頭を下げる父さんの姿を見て我に返った俺は、つられて頭を下げる。 はい…と返事をする香川さんをチラッと見ると、真面目な表情から少しずつ嬉しそうな表情に変わっていった。 「ありがとうございます。あぁ、よかったです。安心しました」 ホッとした様子で、微笑む香川さん。 完璧な立ち振る舞いだったけど、ずっと緊張してたんだ…。 俺や父さん、母さんのためにそこまでしてくれた香川さんの気持ちが嬉しくて涙が出てきた。 「環生を選んでくれてありがとう。こちらこそよろしくお願いしますね」 父さんと母さんの幸せそうな笑顔。 俺の誕生日の時に見せてくれた温かな笑顔みたい。 離れていても、大人になっても、俺の事…ずっと大切に思ってくれてたんだ…。 俺の幸せを喜んでくれるんだ…。 胸がジン…と熱くなって、結局泣いてしまった。

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