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第12章 第3話side.恭一
〜side.恭一 〜
環生 さんのご両親にご挨拶を済ませて、お昼にお寿司をご馳走になった。
お母さんが気をつかって『2人で散歩でも行ってきたら?』と声をかけてくれたから、環生さんと外に出た。
近くにあるらしい環生さんお薦めの絶景スポットへ向かう。
辺り一面、鮮やかに色づいた紅葉。
冷んやりした風が心地いい。
空気も澄んでいるし、どこからともなく鳥のさえずりも聞こえてくる。
住んでいる所よりひと足早い秋の気配。
自然に包まれてみると、自分が仕事ばかりしていた事に気づいた。
こうやってゆっくり空を見上げるのは随分と久しぶりのように感じた。
「キレイな紅葉ですね、環生さん」
「はい、ちょうど見頃だからよかったです」
環生さんは電車でも今でも嬉しそうに私を見つめて、ほとんど側を離れようとしない。
本当はもっと会いたいと思ってくれているはず。
連絡も満足に取れていないから淋しい思いをさせているに違いない。
早く一緒に住んで、毎日顔を見せて安心させてあげたいとも思うけれど、仕事の時間も休みも不定期で、地方へ泊まる日もある。
今のままでは環生さんの一人の時間が増えるだけ。
きっとますます淋しい思いをさせてしまう。
それに、まだご両親へのご挨拶が済んだところ。
焦らず少しずつ、少しずつ。
大切な環生さんがずっと笑顔でいられるように。
環生さんはきっと温かな家庭で、皆の愛情を一身に受けて育ったんだろうと思っていたけれど、その愛されぶりは私の想像以上。
愛情に満ちた家庭と、のどかな大自然の中ですくすくと育ったのかと思うと、この土地の全てが愛おしいと感じた。
「香川 さんと一緒に見ると、いつもの見慣れた紅葉もキレイに見えるから不思議です」
「ありがとうございます。こうして環生さんの生まれ育った場所で一緒に紅葉を見る事ができて幸せですよ」
ヒラヒラと舞ってきた紅葉を受け止めて、環生さんの着ているニットの胸元に飾る。
まるでブローチのよう。
髪飾りにしてもいいかも知れない。
環生さんも同じように私のスーツの胸ポケットに紅葉を飾った。
「おそろいです」
嬉しそうに微笑む環生さんが、どうしようもなく可愛らしくて、その笑顔を脳裏に焼き付ける。
「せっかくだからここへ来た記念に何枚か拾って帰りましょうか。押し花にしましょう」
「そうですね」
早速しゃがんで紅葉を厳選し始めた環生さん。
色や形のキレイな葉を次々に選びながら、ビニール袋を持ってこればよかった…とつぶやいた。
ハンカチを差し出すと、汚れちゃうから…と遠慮する環生さん。
手にはいっぱいの紅葉の葉。
「ハンカチは汚れたら洗えばいいんです。記念の紅葉が傷む方が悲しいでしょう」
「…本当にいいんですか?」
「もちろんです。例え汚れてもそれも2人の思い出です」
そう伝えて微笑むと、ハンカチを受け取った環生さんは丁寧に紅葉を包んでいく。
その穏やかな横顔と一面の紅葉があまりにも絵になるから、思わずスマホで撮影してしまった。
気づいた環生さんが恥ずかしがる姿も愛おしい。
何枚か撮り進めていくと、いつの間にか私の隣に立っていた。
「写真に写るなら…香川さんと一緒がいいです。俺だけじゃなくて…香川さんの姿も写真に残したいです」
「わかりました。これから2人でたくさん写真を撮りましょう」
「嬉しい。俺…アルバムを作ります。この紅葉も一緒に残しておきたいです」
「いいですね。2人でアルバムを見ながら思い出話をするも楽しそうです」
環生さんと話すと、幸せな2人の未来像が見えてくる。
きっと隣に座る環生さんはアルバムでなく、私ばかりを見つめるんだろう。
自分の事でなく、私の事ばかり話すんだろう。
そんな私も環生さんを見つめて、環生さんの事ばかり話すんだろう。
それは温かくて優しい少し先の未来。
「撮りますよ、環生さん」
「はい、お願いします」
私たちは少し照れながら2人の記念写真を撮った。
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