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第12章 第6話

香川(かがわ)さんと交代でお風呂に入って、2人で客間へ。 俺の部屋はベッドがあって2人分の布団が敷けないから、今夜は客間で眠る。 この前、俺から無理矢理手を繋いだくらいでまだ恋人らしい事は何一つしてないのに、いきなり個室で2人きり。 さっきからドキドキが止まらない。 香川さんが母さんに『触れてもいいですか』って聞いた事を知ってしまったから、余計に意識してしまう。 どんな顔をしてたらいいのかわからない。 香川さんが、挨拶できてよかった的な事を話してるけど、緊張しすぎてあんまり頭に入って来ない。 パジャマ姿の香川さんを見たいけど、恥ずかしい。 ただうつむいて布団の上に座るだけ。 「パジャマ姿の環生(たまき)さんもいいですね。よかったら顔も見せてください」 近くに座った香川さんが声をかけてくれたから、深呼吸をしてから顔を上げた。 目の前にはお風呂上がりでヘアセットもしてないメガネ&パジャマ姿の香川さん。 かっこいい…。 顔が整ってる人ってメガネも似合う。 深みのあるグリーンの細いフレームが知的な感じ。 こんなオフモードの香川さんを見る事ができた俺の目は幸せだと思う。 香川さんが着ているのは、母さんが張り切って用意した俺と色違いのパジャマ。 香川さんはグリーンと白のギンガムチェック、俺はネイビーと白。 「可愛いです。湯上がりで頬がほんのりピンク色になっているところが特に」 直球で誉められて、さらに頬が赤くなるのがわかる。 「か、香川さんのメガネもパジャマ姿も素敵すぎて…ドキドキします」 モジモジしながらそれだけ伝えると、香川さんの頬も赤くなった。 「少しだけ…手に触れてもいいですか?」 俺を見つめる温かくて優しい眼差し。 コクリとうなずくと、香川さんはそっと俺の手の甲に触れた。 待ち焦がれた温もりに胸がキュンとなる。 それと同時に緊張で心臓が飛び出しそう。 「柔らかくて、温かいですね」 肌触りを確認するように何度か撫でた後、指を1本ずつなぞるようにゆっくり触れる。 愛撫みたいに丁寧な触れ方。 ドキドキして、体の奥が疼いた。 もしかして…このまま初夜を迎える感じなのかな…。 一応そんな流れになってもいいようにセックスグッズは持ってきた。 でも、さすがに実家でするのはちょっと…。 それに…抱かれる気満々であれこれ準備してきたみたいで、グッズを出すのも恥ずかしい。 香川さんの様子をうかがうと、その眼差しは変わらず優しくて温かかった。 エッチな感じじゃなくて、本当に俺の事を可愛くてたまらないって思ってくれてるんだろうな…。 柊吾(しゅうご)と2人きりの時は、こんな風に手に触れたら、それはセックスの合図。 手を繋ぎながら見つめ合って、キスをして…そのまま体を結ぶ。 それに慣れてしまった俺にとっては、かなりのスローペースだけど、それはそれで楽しいと思った。 香川さんとはまだ知り合ったばかり。 これから何十年も一緒にいられるんだから、少しずつ仲良くなりたい。 深い関係になる前のピュアな期間も大切にしたい。 2人で相談して、離れていた布団を寄せて眠る事にした。 腕枕みたいにくっついて…じゃなくて、並んで横になるだけ。 それだけでも嬉しいけど、やっぱり触れたい。 香川さんの温もりを感じながら眠りたい。 「環生さん、手を繋ぎませんか?」 「俺も…繋ぎたいって思ってました」 布団から手を出すと、香川さんが両手で包み込むように握ってくれる。 俺を守ってくれる温かくて優しい大きな手。 美味しくて、気持ちがほっこりするような料理を生み出す魔法の手。 今度は俺が香川さんの手をいっぱい撫でた。 細くて長い指も、形のキレイな爪も、手首の骨張ったところも。 いつか俺の頬や体に触れてくれる愛おしい手。 大好き。 香川さんが大好き…。 本当はいつかじゃなくて、今触れて欲しい。 今すぐ温もりを感じたい。 溢れる想いが抑え切れなくて涙ぐんでしまう。 「どうか…しましたか?」 心配そうに顔をのぞきこんでくれる香川さん。 その優しい声に俺の涙腺は崩壊してしまった。 「ごめんなさい。香川さんが大好きって思ったら泣けてきちゃって…」 涙を止めようと思っても止まらない。 心配かけたくないのに…。 慌てて涙を拭っていると、香川さんが近づいてくる気配。 あっという間に俺は香川さんの腕の中。 後頭部と背中に手が添えられて、抱え込まれるみたいな感じ。 離れていた体が密着して、香川さんの温もりや鼓動、呼吸が伝わってくる。 俺…今、抱きしめられてるんだ…。 「許可もなく抱きしめてすみません。環生さんが愛おしくて…どうしても我慢できませんでした」 「謝らないでください。俺…嬉しくて、それで…あの…っ…」 初めて抱きしめてもらえた事が嬉しくてたまらない。 香川さんが大好き。 もっと伝えたいのに、色んな感情がごちゃ混ぜになって上手く言葉にできない。 「もう少し…こうしていてもいいですか?」 「…はい…」 返事をすると、抱きしめられたままゆっくり後頭部を撫でられる。 優しい香川さんの手。 あったかくて、気持ちいい…。 少しずつ気持ちが落ち着いてきて余裕が出てきた俺は、そっと香川さんの背中に触れた。 ちょっとだけ鎖骨のあたりに頬ずりをして甘えてみる。 「もっと甘えてもいいんですよ」 私の可愛い環生さん…なんて囁かれたらもう夢心地。 はぁ…幸せ…。 生きててよかった…。 「甘えん坊な環生さんも好きですよ。今夜はずっと私の腕の中にいてください」 「…いいんですか?」 「もちろんです。ようやくこの日を迎える事ができたんです。離しません」 俺を抱きしめる腕に力がこもる。 「俺も香川さんと離れたくないし、離したくないです」 俺からも抱きつくと、香川さんは嬉しそうに微笑んだ。 それはとろけそうなほど甘い甘い微笑みだった。

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