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第12章 第10話

お昼すぎに実家から帰ったら、柊吾(しゅうご)が熱を出していた。 麻斗(あさと)さんが仕事から帰ってきたら、リビングでテレビをつけっぱなしにして寝落ちしていたらしい。 テーブルと床に缶ビールの空き缶が何本か転がっていたとの事。 冷え込むこの季節にリビングで冷たい缶ビールを飲んで、そのまま寝たら風邪を引くに決まってる。 どうしてそんな事…。 驚いた俺は、荷物もお土産も置いたまま上着だけを脱いで柊吾の部屋へ。 「柊吾、入るよ」 「んぁ…環生(たまき)か…」 「ただいま、柊吾。熱はどう?」 横になっている柊吾のおでこに触れると、結構な熱さ。 38℃後半くらいかな…。 「お腹空いてる?何か作ろうか」 「いい。さっき麻斗が作ったのを食べて薬も飲んだ」 「そう…」 よかった、思ったより元気そう。 心配したんだから…と思っていたら、急にグイッと腕を引いて抱き寄せられた。 バランスを崩して、横になっている柊吾の上に乗ってしまう。 慌ててどこうと思ったけど、ぎゅっと抱きしめられてて動けない。 「やっと…帰ってきた」 俺を抱く腕に力がこもる。 環生…と、優しく名前を呼ばれて、こめかみにキスされた。 『やっと』って、俺の事待ってたの…? もしかして、淋しいのをごまかすためにお酒に頼って眠ろうとしたの…? 熱があって、いつもより熱い柊吾の吐息や唇。 背中を撫でる手の熱さにドキッとして身動きできない。 その間にも柊吾の唇が頬骨や鼻の先に触れる。 「待って、柊吾。俺まだ着替えてないし、それに…」 荷物だってリビングに置いたまま。 家まで送ってくれた香川(かがわ)さんに『ありがとう』も『気をつけて帰ってね』も『夕方からのお仕事頑張ってね』も伝えてない。 「着替えなんかしなくていい」 構わずキスしようとしてくる柊吾の顔を手のひらでぎゅっと押して制止する。 「だーめ。柊吾はよくても俺は嫌なの」 このまま柊吾の好きにさせたらエッチな事したがるに決まってる。 もっと熱が上がったら大変。 外泊して淋しい思いをさせたのは俺だし、柊吾の気持ちもわかるけど、俺にだってペースがあるから、そんなにグイグイ来られても困る。 もうちょっと後ならいいけど、今は様子を見に来ただけだから…。 「嫌…なのか…」 ちょっと傷ついたような淋しそうな顔。 風邪を引いて弱ってるせいか、いつもよりちょっと可愛い気がする。 そんな顔されたら、このままエッチな事してもいいかな…って、ほだされそうになってしまう。 でも、だめだめ。 今はまだ…。 「柊吾の事は嫌じゃないよ。今帰ってきたばかりだし、タイミングがちょっと嫌だな…って思っただけ」 本当だよ…と火照った頬を撫でると、気持ちよさそうにする。 柊吾って…こんなに甘えん坊だったっけ。 淋しがりやで甘えん坊で俺みたい。 懐かれると可愛いし、頼られると嬉しい。 皆が俺を可愛がってくれる気持ちがちょっとだけわかった気がした。 「環生の用事が落ち着いたら…側にいてくれるか」 俺が熱を出した時、柊吾は側にいてくれた。 今度は俺の番。 俺が側にいて柊吾が安心するならそうしたい。 「うん、すぐに全部済ませて後はずっと側にいるよ」 「ごめんな、環生…」 「大丈夫。柊吾が眠るまではベッドにいるから」 ゆっくり柊吾の上から隣に移動する。 熱い手を握ると、柊吾が『ん、ん…』と、自分の唇を指差した。 「…何?どうしたの?」 「『ただいまのキス』だよ。まだしてないだろ」 そうだった。 柊吾が熱を出した事に驚いて、まだしてなかった。 「ただいま、柊吾」 「おかえり、環生」 見つめ合って『ただいま』と『おかえり』を伝え合う。 柊吾の手を握ったまま、そっと俺から口づけた。

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