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第12章 第17話side.誠史
〜side.誠史 〜
仕事に追われる毎日の中、可愛い環生 から届いた一通のメール。
『話したい事があるから、手が空いている時に電話してね』
あぁ、ついに来たか…。
そう思った。
環生は仕事の邪魔になるから…と、ほとんど電話をかけて来ない。
連絡は環生から一方的に息子たちの様子をメールしてくる程度だ。
もし、急用ならかまわず電話してくるだろう。
急ぎではないが、大切な話。
きっと恋人でもできたんだろう。
もしかしたらあの家を出て行くつもりなのかも知れない。
環生に恋人ができたのは喜ばしい事だ。
淋しがりやで甘えん坊の環生は、誰か決まった相手がいた方が幸せや安らぎを感じられるタイプだろう。
覚悟はしていたし、それを望んでいたのも事実。
それでも巣立っていく環生を少し淋しく思う。
俺の帰りを喜ぶあの花のような笑顔を見る事も、環生の布団での甘やかなひと時も…もう2度と味わえないのだと思うと、やるせない思いを感じる。
でも…それでいい。
本来ならそれが自然な形だ。
環生が俺に懐いているのは、俺が猫可愛がりしているからだ。
何のリスクもなく、手軽に甘えられる相手だからだ。
歳も離れているし、雇用主と家政夫でもあり、息子たちの父親という複雑な関係上、恋愛関係に発展する事もない。
離れて暮らしているから体の関係を持っても、その場限りの事。
可愛い環生の幸せの邪魔をする事は許されない。
環生と上手くやっていくためには、環生が望む限りいい雇用主であり続ける事だ。
俺との事は丸ごと忘れて幸せになって欲しい。
そのためには環生の報告を受けたら、淡々とそれを受け入れて、祝福をして…。
ふと、そんなシュミレーションをしている自分が可笑しいと思った。
環生の長い人生の中で、俺との事はほんの一瞬の出来事。
忘れて欲しいと思いながらも、環生の中のいい思い出でありたいと願っている事が滑稽だった。
今日は仕事が手につかないだろうなぁ。
心を落ち着かせてから、環生に電話をした。
内容はやはり恋人ができた報告だった。
大まかな話を聞いたところによると、両親への挨拶も済ませ、結婚も本決まりのようだ。
少し会っていない間に、大きな変化があった事に驚いた。
さらに驚いたのは、環生がまだ俺に甘えたがっている事だった。
どこまでを望んでいるのかはわからなかったが、恋人だけでは足りないのだろうか。
もしかしたら息子たちとの関係も続いているのかも知れない。
若い子の感覚はよくわからない。
「困ったなぁ…」
初めて環生と出かけた時に買った置時計に触れた。
環生の可愛い笑顔を思い浮かべながら。
どうやら環生離れをするのはもう少し先でいいようだ。
あと少しだけ環生を甘やかす事ができる現実に、俺は満たされた気持ちになった。
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