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第12章 第18話
今日は柊吾 の大学の文化祭。
柊吾はゼミの仲間と焼きそばの出店をするらしい。
香川 さんも秀臣 さんも、賢哉 さんも麻斗 さんもそれぞれ仕事や用事があるから1人で遊びに行く。
心配症の柊吾は『浮かれた奴が環生 に絡んでくると面倒だから、俺の休憩時間に合わせて遊びに来いよ』って言った。
子供じゃないから1人でも平気だし、大学生活を楽しんでる素の柊吾が見てみたい。
柊吾に内緒で、約束時間より早く出かけた。
柊吾は皆とお揃いの赤いTシャツを着て焼きそばを焼いていた。
割と皆の真ん中にいてリーダーっぽい存在みたい。
柊吾が友達といるところ…初めて見た。
家では大人っぽくフッ…って笑う柊吾だけど、皆といる時は明るくてニッと笑う感じだった。
健康的な笑顔も新鮮でドキドキした。
柊吾目当てのお客さんも何人かいたけど、柊吾の仲間はそれに慣れてる感じだったし、柊吾を特別扱いする感じでもない。
和気あいあいとしてて楽しそう。
「お兄さん、お腹すいてない?」
「もうすぐ焼きそば焼けるからおいでよ」
柊吾のゼミの仲間が声をかけてきた。
「えっ、あの…」
柊吾に内緒で来たから、できればバレたくない。
でも、柊吾が作った焼きそばは食べてみたい。
ためらっていると、あっという間に列の最後尾に誘導された。
この流される性格どうにかしたい。
でも、せっかく並んだから皆の分も買って帰ろう。
柊吾も食べたいかも知れない。
賢哉さんの分もだから全部で5人前。
「環生!お前…」
俺を見つけた柊吾は驚いた後、ちょっと険しい顔をした。
うわぁ、怒ってる。
笑ってごまかそう。
「来ちゃった」
わざと気づかないフリをして、可愛いさ増し増しで微笑みかけると、柊吾はちょっとだけデレッとした。
「お兄さん柊吾の知り合い?あ、もしかして柊吾の家の住み込み家政夫さん?」
「あ、はい…。相川 環生です」
会釈をすると、皆が集まってきた。
あなたが環生さんかぁ…とか何とか言いながら。
「柊吾、暇さえあれば環生さんの話をしてて。もう好きで好きでたまらない感じで」
「そうそう、しょっちゅう誉めてるんですよ。素直で可愛くて、頑張り屋で…」
「気配りもできて、料理も上手くて最高だって」
皆は口々に大学での様子を聞かせてくれた。
「おい、余計な事を言うなって」
持ち場に戻れよ…と、恥ずかしそうに焼きそばを焼き続ける柊吾が可愛い。
皆もそんな柊吾をイジるのが楽しいみたい。
「環生、あとちょっとで休憩だから待ってろ」
「俺1人でも大丈夫だよ。休憩になったら電話ちょうだい」
じゃあ、失礼します…と、皆に挨拶をしてブースを離れた。
柊吾…俺の事、そんなに誉めてくれてるんだ…。
柊吾のいないところで、もっと聞いてみたいな。
浮かれ気分で歩いている時だった。
「お兄さん、可愛いね。1人?」
「クレープ食べない?美味しいよ」
「そこでフランクフルト焼いてるよ。一緒にどう?」
お祭りのノリだからか、元々こんなテンションの人なのかわからないけど、歩いてるとあちこちから声をかけられる。
悪気がある訳じゃないだろうし、ノリの悪い俺もどうかと思うけどグイグイ来られると怖い。
相手が苦手な女の子じゃないだけまだいいけど。
足早にその場を通り過ぎようとしたけど、フランクフルト担当の人が粘ってくる。
いつの間にかもう1人増えていて囲まれた。
「行こうよ、ジュースもあるし」
グイッと肩を抱かれた。
知らない男の人のにおいと温もりにゾッとする。
『好きですよ、環生さん』と微笑む香川さんの顔が浮かんだ。
「嫌…やめてください…!」
俺は勇気を振り絞って声を出した。
いくら一方的に触れられても、俺が拒まなかったら同じ事。
もし香川さんにこの場を見られたら誤解されてしまう。
香川さんを悲しませるような事は絶対にしたくない。
「す、好きな人がいるから触らないでください。フランクフルトもいりません」
言えた…!
声は震えたし、ちょっと涙目になってしまったけど、ちゃんと断れた。
「何だよ、ノリ悪いな」
「…だな。行こうぜ」
興ざめした様子の2人は、そう言い残してどこかへ行ってしまった。
よ、よかった…。
ホッとしたら体中の力が抜けた。
まだ心臓はドキドキしたままだし、手も震えてる。
とりあえず休もうと、広場のベンチに腰をおろした。
膝に乗せた5人前の焼きそばはまだ温かかった。
柊吾の温もりみたい。
大学の雰囲気が肌に合わないのか、年齢差があってノリについていけないのかわからないけど、何だか疲れてしまった。
やっぱり柊吾の言う事聞いて待ってればよかったかな…。
「環生」
聞き慣れた声がして顔を上げると、そこには柊吾が立っていた。
「大丈夫か?」
俺の事を心配してくれる優しい柊吾。
柊吾が側にいてくれるからもう大丈夫。
そう思ったら、気が抜けて涙が溢れてきた。
「…っ、大丈夫じゃないよ…。柊吾…」
我慢しきれなかった俺は、皆が見ている前で泣いてしまった。
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