320 / 420

第12章 第18話

今日は柊吾(しゅうご)の大学の文化祭。 柊吾はゼミの仲間と焼きそばの出店をするらしい。 香川(かがわ)さんも秀臣(ひでおみ)さんも、賢哉(けんや)さんも麻斗(あさと)さんもそれぞれ仕事や用事があるから1人で遊びに行く。 心配症の柊吾は『浮かれた奴が環生(たまき)に絡んでくると面倒だから、俺の休憩時間に合わせて遊びに来いよ』って言った。 子供じゃないから1人でも平気だし、大学生活を楽しんでる素の柊吾が見てみたい。 柊吾に内緒で、約束時間より早く出かけた。 柊吾は皆とお揃いの赤いTシャツを着て焼きそばを焼いていた。 割と皆の真ん中にいてリーダーっぽい存在みたい。 柊吾が友達といるところ…初めて見た。 家では大人っぽくフッ…って笑う柊吾だけど、皆といる時は明るくてニッと笑う感じだった。 健康的な笑顔も新鮮でドキドキした。 柊吾目当てのお客さんも何人かいたけど、柊吾の仲間はそれに慣れてる感じだったし、柊吾を特別扱いする感じでもない。 和気あいあいとしてて楽しそう。 「お兄さん、お腹すいてない?」 「もうすぐ焼きそば焼けるからおいでよ」 柊吾のゼミの仲間が声をかけてきた。 「えっ、あの…」 柊吾に内緒で来たから、できればバレたくない。 でも、柊吾が作った焼きそばは食べてみたい。 ためらっていると、あっという間に列の最後尾に誘導された。 この流される性格どうにかしたい。 でも、せっかく並んだから皆の分も買って帰ろう。 柊吾も食べたいかも知れない。 賢哉さんの分もだから全部で5人前。 「環生!お前…」 俺を見つけた柊吾は驚いた後、ちょっと険しい顔をした。 うわぁ、怒ってる。 笑ってごまかそう。 「来ちゃった」 わざと気づかないフリをして、可愛いさ増し増しで微笑みかけると、柊吾はちょっとだけデレッとした。 「お兄さん柊吾の知り合い?あ、もしかして柊吾の家の住み込み家政夫さん?」 「あ、はい…。相川(あいかわ)環生です」 会釈をすると、皆が集まってきた。 あなたが環生さんかぁ…とか何とか言いながら。 「柊吾、暇さえあれば環生さんの話をしてて。もう好きで好きでたまらない感じで」 「そうそう、しょっちゅう誉めてるんですよ。素直で可愛くて、頑張り屋で…」 「気配りもできて、料理も上手くて最高だって」 皆は口々に大学での様子を聞かせてくれた。 「おい、余計な事を言うなって」 持ち場に戻れよ…と、恥ずかしそうに焼きそばを焼き続ける柊吾が可愛い。 皆もそんな柊吾をイジるのが楽しいみたい。 「環生、あとちょっとで休憩だから待ってろ」 「俺1人でも大丈夫だよ。休憩になったら電話ちょうだい」 じゃあ、失礼します…と、皆に挨拶をしてブースを離れた。 柊吾…俺の事、そんなに誉めてくれてるんだ…。 柊吾のいないところで、もっと聞いてみたいな。 浮かれ気分で歩いている時だった。 「お兄さん、可愛いね。1人?」 「クレープ食べない?美味しいよ」 「そこでフランクフルト焼いてるよ。一緒にどう?」 お祭りのノリだからか、元々こんなテンションの人なのかわからないけど、歩いてるとあちこちから声をかけられる。 悪気がある訳じゃないだろうし、ノリの悪い俺もどうかと思うけどグイグイ来られると怖い。 相手が苦手な女の子じゃないだけまだいいけど。 足早にその場を通り過ぎようとしたけど、フランクフルト担当の人が粘ってくる。 いつの間にかもう1人増えていて囲まれた。 「行こうよ、ジュースもあるし」 グイッと肩を抱かれた。 知らない男の人のにおいと温もりにゾッとする。 『好きですよ、環生さん』と微笑む香川さんの顔が浮かんだ。 「嫌…やめてください…!」 俺は勇気を振り絞って声を出した。 いくら一方的に触れられても、俺が拒まなかったら同じ事。 もし香川さんにこの場を見られたら誤解されてしまう。 香川さんを悲しませるような事は絶対にしたくない。 「す、好きな人がいるから触らないでください。フランクフルトもいりません」 言えた…! 声は震えたし、ちょっと涙目になってしまったけど、ちゃんと断れた。 「何だよ、ノリ悪いな」 「…だな。行こうぜ」 興ざめした様子の2人は、そう言い残してどこかへ行ってしまった。 よ、よかった…。 ホッとしたら体中の力が抜けた。 まだ心臓はドキドキしたままだし、手も震えてる。 とりあえず休もうと、広場のベンチに腰をおろした。 膝に乗せた5人前の焼きそばはまだ温かかった。 柊吾の温もりみたい。 大学の雰囲気が肌に合わないのか、年齢差があってノリについていけないのかわからないけど、何だか疲れてしまった。 やっぱり柊吾の言う事聞いて待ってればよかったかな…。 「環生」 聞き慣れた声がして顔を上げると、そこには柊吾が立っていた。 「大丈夫か?」 俺の事を心配してくれる優しい柊吾。 柊吾が側にいてくれるからもう大丈夫。 そう思ったら、気が抜けて涙が溢れてきた。 「…っ、大丈夫じゃないよ…。柊吾…」 我慢しきれなかった俺は、皆が見ている前で泣いてしまった。

ともだちにシェアしよう!