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第12章 第20話

今日は香川(かがわ)さんとデートの日。 香川さんとゆっくりできるのは、この前実家に行った時以来。 人気者の香川さんは雑誌の仕事だけでなく、地方ロケやイベントもあるから、こっちにいない事もある。 仕事も不規則だから連絡も取りづらい。 仕方ないってわかってるけど、『既読』にならないメッセージアプリの画面を見ていると、淋しくなる。 『既読』になって返事がないともっと淋しい。 例えスタンプの1個でも送ってくれたらいいのにな…。 スタンプ1個なら1秒で送れるのに…。 その1秒を俺のために使ってもらえない事が悲しい。 離れていると不安でたまらなくなる。 本当に俺の事、好きでいてくれるのかな…って、香川さんの気持ちを疑ってしまう。 それと同時に、大好きな香川さんに不満を感じてしまう自分が嫌で悲しくなる。 最初からこうなるのを覚悟の上で付き合い始めたのに。 頭ではわかってるけど、気持ちがついてこない。 今までは柊吾(しゅうご)が愚痴を聞いてくれたり、一緒に過ごしたりして側にいてくれたけど、文化祭の日の夕方から様子がおかしい。 いつもみたいにかまってくれないし、ちょっとよそよそしい。 今日の行ってらっしゃいのキスも、感情のない義務的なものだった。 きっと文化祭の時に迷惑かけたから怒ってるんだ…。 柊吾のベッドに潜り込んで、ごめんねって伝えたけど、柊吾は笑ってくれなかった。 いつものように一緒に眠るし、会話もあるけど、瞳の奥は笑ってない感じ。 2人の間には透明な厚い壁があるみたい。 結局俺はかまってちゃんなんだと思う。 だって柊吾がかまってくれてる時は、香川さんからの連絡がなくても、そこまで淋しくなかったから。 ただの甘えん坊なのか、生まれつき1人ではいられない性質なのかよくわからない。 でも、淋しいものは淋しい…。 「どうか…しましたか?環生(たまき)さん」 心配そうな香川さんの声で、ハッと我に返った。 いけない、今は香川さんとデート中。 せっかく会えたんだから、今は香川さんとの時間を楽しみたい。 「…ごめんなさい、香川さん。今、ちょっと柊吾とぎくしゃくしてて…。でも大丈夫です」 「そうですか…。元気がなさそうだったので…」 今は柊吾の事は忘れよう。 目の前の大好きな香川さんとめいっぱい楽しい時間を過ごしたい。 今日のお出かけ先は俺のリクエスト。 香川さんのお気に入りの場所に連れて行ってもらう。 香川さんの『好き』が知りたい。 もし会えなくて淋しい時も、その場所に行ったら香川さんを感じられる。 淋しさを紛らわせる事ができるかも知れない。 そうやって自分1人でも過ごせるようにならないと。 今日も香川さんは素敵だな…。 オフホワイトのニットがよく似合ってる。 シンプルなニットをオシャレに着こなせるところが香川さんのすごいところ。 助手席で香川さんの横顔を見つめていたらすぐに目的地に着いてしまった。 保科(ほしな)家で働き始めて1年の記念に皆と来た貸別荘の近くだった。 俺も好きだなぁって思った場所だったから、嬉しくなった。 「ここは自然が多くて穏やかな時間を過ごせるから気に入っているんです。環生さんと一緒に来る事ができて嬉しいです」 海風を感じながら遊歩道を一緒に歩く。 仲良く手を繋いで、おしゃべりをして…。 香川さんは会話の合間に『好きですよ、環生さん』って微笑む。 会えない時間に感じた淋しさや、モヤモヤしていたネガティブな感情が溶けるように消えていく。 香川さんといられるなら24時間耐久散歩でもかまわない。 こうして香川さんの体温や気配を感じられる距離にいたい。 香川さんと離れたくない…。 そう思った。

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