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第12章 第23話side.柊吾
〜side.柊吾 〜
あの大学祭の日以来、俺は環生 との接し方に迷っていた。
アイツの影がチラつく環生は、今までの環生じゃない気がして。
どんな環生でも可愛いと思っていたのに、それを受け入れきれなくて戸惑う。
俺は『俺の事を一番に好きな環生』だけを可愛いと思ってたのか…?
俺の様子がおかしい事に気づいた環生。
最初は不思議そうな淋しそうな顔をしてたし、俺の気を引こうとわざと甘えてきた。
可愛いと思ったけど、余計に苦しくなった。
環生がアイツとデートに出かける日、形式的な『行ってらっしゃい』のキスしかできなかった。
あの時の環生の悲しそうな表情が忘れられない。
デートから帰ってきたその日から、環生はアイツを『恭一 さん』と呼ぶようになった。
下の名前を呼ぶくらい親密な仲になったのかと思うと、ますますどんな顔をしたらいいかわからなくなった。
「疲れたから…もう寝るな」
『先に寝るから部屋に来るな』とも、『先に寝てるから後から来いよ』とも取れるような曖昧な言葉で伝えて、部屋に引っ込んだ。
ベッドに転がってため息を一つ。
環生は…来るだろうか。
1人で寝る可能性は低いから、秀臣 か藤枝 さんのところに行くんだろうか。
来て欲しいような来て欲しくないような、何とも言えない感情。
何だよ、これ…。
言葉で説明のつかない感情にモヤモヤしていると、だんだん近づいてくる環生の足音。
ドキッとして聞き耳を立てると、いつもより早歩きで足音も大きい。
マズイ、これは怒ってるぞ…。
慌てて掛け布団に潜り込んで寝たふりをすると同時にノックもなくドアが開く。
うわぁ、来たぞ…。
今から何をされるんだ…?
普段は温厚な環生だが、キレると手がつけられない。
いきなり殴りかかってはこないとは思うが、内心ヒヤヒヤしながら狸寝入りを続ける。
はぁ…と、ため息をついた環生は、ためらいもなく俺の布団を引き剥がした。
ベッドに上がると、俺の下半身に馬乗りになってきた。
何事だと目を開ける俺の両頬をつかんで、めちゃくちゃにキスしてきた。
「た、環生…?」
驚いて環生の肩をつかむ俺の手をそこそこの力で振り払う。
俺の手首をつかんで、力任せにベッドに押しつけてきた。
環生は男にしては非力だと思っていたが、そうでもない。
まるで俺が押し倒されたような構図だ。
「教えてよ…」
環生の声は震えていた。
「…何をだよ」
「何を考えてるのか教えて。柊吾に迷惑かけた事…怒ってるならちゃんと謝らせて。こんな中途半端に拒絶しないでよ」
辛いよ…と、俺の上に乗ったまま泣きそうな顔をする。
環生にこんな顔をさせたのは全部俺のせいだ。
本当だったらアイツとのデート帰りで浮かれててもいいはずなのに。
「悪かった…。ちゃんと話す」
そう言うと、手首の拘束がゆるくなった。
「環生が…大学祭で変な奴らに絡まれた時…」
「うん…」
「自力でピンチを乗り切った事も、俺に甘えずに自分で涙を拭った事もいい事なんだ。…だけど、俺は環生が離れていった気がして…淋しかったんだ」
環生はじっと俺を見つめたまま話を聞いていた。
「環生がアイツと付き合うようになって…言動のあちこちにアイツの影がチラつくから苦しくて…。どう接していいかわからない…」
やめろ俺、何言ってるんだ…。
そんなの俺の問題だ。
そんな事を言ったら環生を傷つけるだけだ。
「…柊吾だって、亡くした恋人さんの影がチラついてるよ。俺が作ったご飯を食べてる時も、俺を抱いてる時も同じ。心の奥底ではずっとその恋人さんを想ってる」
俺を責める訳でもない、それを悲しんでる訳でもない。
何の感情も感じられない表情と、事実を淡々と述べるような口調。
「でも…俺は柊吾に出会った時からそうだったから、柊吾は亡くした恋人さん込みで柊吾だった。そういうものなんだって感覚だった。でも、俺は違うね。途中からだもんね…。柊吾が戸惑うのは当たり前。それなのに、今までと同じがいいなんて無理だね…」
ごめんね…と、申し訳なさそうに俺の上からおりた。
あぁ、今ので環生は俺との間に一線を引いた。
全部俺のせいだ。
結局自分の手で環生を遠ざけた。
もう今までみたいに無邪気に甘えてくる事もないだろう。
そんな現実を受け止めきれずにいると、環生がクシュンと可愛いくしゃみを一つ。
寒…と小さくつぶやいて、床に落ちていた掛け布団を拾うと、布団にくるまって俺の隣に寝転んだ。
「た、環生…?」
「冷えちゃったからあっためて」
今までと同じは無理だと納得したはずなのに、環生はいつものように甘えてきた。
状況はよくわからなかったが、あっためてと言われたから半ば条件反射で抱きしめた。
いつもの環生のにおい。
すっかり冷え切った耳や髪。
環生が望むなら少しでも早く温めてやりたい。
俺も一緒に布団にくるまる。
環生の華奢な体を抱き寄せて、熱を伝えるように背中をさすった。
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