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第13章 第2話side.恭一
〜side.恭一 〜
今日は環生 さんとデートの日。
繁忙期でなかなか環生さんとの時間が取りづらい毎日。
珍しく夕方で仕事が終わったから、一緒に夕食を食べる事になった。
車で家の下まで迎えに行くと、環生さんが小走りでやってきた。
「こんにちは、環生さん。急に誘ってすみません。お家は大丈夫でしたか?」
「こんにちは、恭一さん。はい、大丈夫です。ちゃんとご飯作ってきました」
会えて嬉しいです…と頬を染める環生さん。
きっと限られた時間の中で一生懸命オシャレをしてきてくれたのだろう。
髪からヘアワックスの優しい香りがした。
そっと髪にキスをして、助手席へエスコートする。
今夜は環生さんがリサーチしてくれた近所のカジュアルイタリアンへ。
近くのお店なら移動時間も少なく、2人でゆっくり食事ができるから…との心配り。
少しでも私と過ごそうとしてくれる環生さんの気づかいが嬉しい。
「環生さんにプレゼントです」
注文を終えて、食事が運ばれてくるまでの間に、私は
紙袋を手渡した。
中身は編み棒と毛糸がいくつか。
「どうして、これ…?」
不思議そうな環生さん。
それには秘密があった。
それは先日、環生さんのご両親にご挨拶に行った時の事。
環生さんがお風呂に入っている時にお母さんが話してくれた。
子供の頃、環生さんは編み物が好きだったって。
環生さんから『昔の事とか恥ずかしいエピソードとか絶対に言わないで。卒業アルバムとか出さないで』って強く言われていた事も。
だから内緒ね…と、家族写真や卒業アルバムを見せて思い出話をしてくれた。
幼い頃の環生さんは、おとなしい子供で、外遊びもしたけど同じくらい家で遊ぶ事も好きだったとの事。
おばあさんが趣味でやっていた編み物に興味を持って、一緒に始めた事。
上手くはないし、時間もかかるけど楽しそうに編んでいた事。
初恋の男の子にお揃いのコースターを編んで渡したら『そんなのいらない』と言われたのがショックで止めてしまったというエピソードも。
まだ編み物が好きなら、また始めて欲しい。
幼い頃に受けた心の傷を癒す事はできないけれど、私は編み物をする環生さんも大好きだと伝えたい。
「環生さんにこれで何か作ってもらえたら嬉しいな…と思いまして」
「…母さんですね。もぅ、言わないでって言ったのに…」
環生さんは困ったような顔をした後、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます、恭一さん。ちょうどまた始めてみようかな…って思ってたところだから嬉しいです。もし…形になったら、受け取ってくれますか?」
「もちろんです。環生さんがくださる物なら何だって嬉しいです」
無理だけはしないでくださいね…と、微笑むと、環生さんは恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「…どうかしましたか?」
「…恭一さんの優しい微笑みを見て、照れない人なんていません…」
あぁ、もう。
どうして環生さんはこうも可愛らしいんだろう。
皆さんに心配をかけるから、食事を終えたらすぐに送り届けようと思っているのに、帰したくなくなってしまう。
早く一緒にいられるように準備を進めなくては…。
運ばれてきたカルボナーラの写真を撮る環生さんを見つめながらそう思った。
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