335 / 420

第13章 第9話side.柊吾

〜side.柊吾(しゅうご)環生(たまき)秀臣(ひでおみ)藤枝(ふじえだ)さんと前夜祭を終えた翌日。 今日はパーティー当日だ。 タイミング悪く秀臣に急な仕事が入って一週間ぐらい地方へ行く事になった。 もちろん藤枝さんも一緒に。 皆で過ごす約束をしていたから、パーティー自体が延期になった。 そうこうしているうちに飲食業の麻斗(あさと)が休めなくなって、あっという間に年が明けた。 おめでたいお正月のはずなのに俺はモヤモヤした気持ちが続いたまま。 環生が一生懸命準備していたパーティーなのに。 俺だって環生と過ごすのを楽しみにしていた。 皆に囲まれて嬉しそうに笑う環生が見たかった。 『仕事』だって言えば、何だって許されるのか…? 環生の恋人のアイツだって、環生の誕生日もクリスマスイブも、クリスマスも環生に会いに来なかった。 仕事の合間に一方的な連絡は来ていたようだが、例え5分でもいいから環生との時間を作って欲しかった。 環生は仕事だから仕方ないよ…と言いながらも淋しそうにしていた。 寝る間を惜しんでせっせと手編みでプレゼントを作っていた。 俺はすぐ側でずっとそれを見ていた。 結局クリスマスイブもクリスマスも2人きり。 ゼミの仲間と飲みに行く話があったが、俺は参加せず家にいた。 どうせ大人は仕事だ。 せめて俺だけは環生の側にいてやりたかった。 淋しがりやの環生はひとりぼっちで家にいたら、泣くに決まってる。 街で外食して、イルミネーションでも見に行くか…と思ったが、環生は俺とじゃなくてアイツと行きたいんだ。 街中のカップルを見たら羨ましくなって余計に淋しがる気がしたから、家で過ごす事にした。 クリスマスは特別な日じゃなくて、365日のうちのただの1日。 恋人に会えないからって淋しがらなくてもいいと伝えたかった。 イブは麻斗が用意したゲーム機とソフトでゲーム大会をしたり、どんなお節を作ろうかとSNSを眺める環生の話し相手になったり。 ゲームソフトは将棋やチェス、すごろく系の定番ゲームが何種類も入っている物だった。 将棋をしたら、普段は控えめの環生が攻め将棋をしてきた。 ルーレットをしたら、割と大胆な賭けっぷりだった。 意外なプレイスタイルに驚いたが、それも環生の魅力なんだと思った。 新しい環生を知る事ができて面白かった。 それぞれ得意不得意はあったが、大体同じくらいの勝率で、楽しいクリスマスイブだった。 クリスマス当日はから揚げ大会だった。 環生は去年交わした『クリスマスにから揚げを作る』って約束を覚えていた。 一緒に大量のから揚げを作った。 特番の4時間生放送の歌番組を見ながら、大盛りの白米と缶ビール。 2人で腹がはち切れそうになるまで食べた。 食後のまったりタイムはソファーで一緒に。 甘い物は別腹だと、2人でアイスクリームを食べた。 環生は限定のラズベリーチーズケーキ味、俺は定番のバニラだ。 欲張りな環生は、バニラも食べたそうにするから、スプーンですくって食べさせた。 「柊吾…側にいてくれてありがとう」 「別に…。俺も環生と過ごしたかったから、ちょうどよかった」 本心だった。 まさか恋人ができた環生と一緒にクリスマスを過ごせると思っていなかった。 もし、環生がデートに出かけたら、俺はひとりぼっちだ。 1人で家にいたら、今頃環生はアイツと何をしてるんだろう…と、気になって仕方なかったはずだ。 環生を独り占めできるクリスマスなんて最高だ。 から揚げも美味かったしな…と、伝えると、嬉しそうに笑った。 「柊吾が恋人だったら…よかったな…」 もたれて甘えてくる環生にドキッとした。 これは環生の独り言だ。 酔っ払いの戯れ言だ。 好きな男に会えなくて、淋しくなって…たまたま側にいた俺の温もりに甘えているだけだ。 「お前…他の男の前で言うなよ。勘違いされるぞ」 そう伝えてさり気なく体を離した。 もしかしたら、アイツから連絡が入って急きょ会える事になるかも知れない。 その時に備えてなるべく俺のにおいをつけないよう気を配る。 忙しい中、会いにきた恋人から他の男のにおいがしたらアイツも面白くないだろうから。 環生は、ふうっとため息をつくと、スマホの電源を切ってサイドテーブルに置いた。 それからまた俺にもたれてきた。 「…電話…いいのか?」 「うん…。もう待つの疲れちゃった」 淋しそうな環生の横顔。 胸がギュッと押し潰されたような気持ちになった。 「会いたいんだろ?それなのに自分からチャンスを絶ってどうするんだよ。アイツの家も職場も知らないんだろ?」 「…だって…辛いよ…。待っても待っても連絡来ないんだもん…」 そう言ってポロポロ涙をこぼす環生。 俺と過ごしながらも、環生はずっと待っていた。 アイツからの連絡を…。 「…そうだよな…。鳴らないスマホ気にし続けるのは辛いよな」 恋人を亡くした俺のスマホは一生鳴らない。 待っても待っても永遠に。 それは気が遠くなるような絶望感。 でも、相手はこの世にいないから、鳴るはずはないとそれなりにあきらめがつく。 だが、環生の場合、相手は生きてる。 だから余計に辛いはずだ。 アイツの公式SNSは定期的に更新されてるし、時々本人がテレビにも映る。 雑誌やネットには最新のインタビュー記事が載る。 それなのに自分には連絡が来ないなんて、悲しくもなるはずだ。 「ごめんね…。柊吾に言っていい事じゃなかったね」 恋人の事を知っている環生は申し訳なさそうにつぶやいた。 「いい。環生が我慢して1人で抱え込む方が辛い。俺は環生には笑っていて欲しいんだ。……でも…今は無理しなくていい」 これ以上環生に触れずにいるのは無理だった。 何とかして環生を慰めてやりたい。 そっと肩を抱いて涙を拭うと、環生はまた泣き出した。 俺に抱きついてシクシク泣くから、頭をポンポンしたり、背中を撫でたりした。 『そんなに優しくしないで…』とか言いながらも、全然離れようとしない環生が可愛い。 かまわず甘やかし続けたら、調子に乗って『やっぱりもっと優しくして…』と言い始めた。 「環生の望みは俺が全部叶える。どうして欲しい?」 「……抱っこして柊吾の部屋に連れてって欲しい。一晩中ぎゅってして…」 抱っこ以外はほぼ普段通りだ。 せっかくだから、もっとワガママ放題すればいい。 「それだけでいいのか?もっと…ワガママ言っていいんだぞ」 「ふふっ、柊吾って面白いね。わざわざワガママ言って欲しがるなんて」 俺は環生に頼られるのが好きだ。 環生の望みを叶えている時、俺も1人じゃない気がして満たされる。 洗面所までお姫様抱っこで連れて行って歯を磨かせた。 それからトイレを経由して俺の寝室へ。 環生のスマホはこっそり電源を入れて俺のスウェットのポケットに忍ばせてある。 環生が寝ついたら充電をしておいてやろう。 もし鳴ったら起こしてやろう。 ベッドに寝かせると環生は俺の腕枕におさまってふにゃっと笑った。 「何だよ、急に」 「ん…、俺…幸せだなぁって」 そう言ってくっついてくる。 まだ22時前だし、腹もいっぱいで眠れる気はしないが、環生が幸せならそれでいい。 俺と一緒にいる事が幸せだなんて可愛い奴だ。 「さっきまで不幸のどん底にいるみたいな顔してただろ…」 照れ隠しに鼻をつまんでやると、環生がイヤイヤをする。 「さっきはさっき、今は今。側にいて欲しい時に側にいてもらえるのが一番の幸せなの」 「…っ、何だよ、さっきから。お前わざと可愛い事言ってるだろ」 そう聞いても環生はニヤニヤするだけで返事をしなかった。 「メリークリスマス、柊吾」 ごまかすようにチュッとキスしてきた環生は、すぐに瞳を閉じた。 おさまりのいい場所を見つけたらしい環生は完全に寝る気だ。 でも…それでよかったと思う。 今、体を重ねても、きっと環生は満たされない。 余計に虚しくなるだけだ。 どんなに丁寧に愛しても、俺は一時的に淋しさを紛らわせてやる事しかできない存在だ。 「メリークリスマス、環生。ゆっくり寝ろよ」 今のところ環生のスマホは鳴っていない。 きっと今夜も会える見込みはないだろう。 せめて…夢の中だけでもいい。 環生がアイツとデートできますように。 そう願いながらそっとおでこにキスをした。 それが俺のクリスマスだった。

ともだちにシェアしよう!