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第13章 第14話
その日の20時過ぎの事。
玄関先まで迎えに来てくれた恭一 さんは、秀臣 さんや柊吾 に挨拶をしてから俺を連れ出してくれた。
「会いたかったです、環生 さん」
エレベーターで2人きりになると、そっと抱き寄せられた。
恭一さんのにおいと温もりに包まれて、ちょっとだけ泣いてしまった。
車でも赤信号になる度に手を繋いだ。
久しぶりに会えた恭一さんも見たいけど、恭一さんの家への道も覚えたくて目が忙しい。
それに気づいた恭一さんは『後で住所を教えますね』と微笑んだ。
恭一さんの家は、保科家から車で15分くらいの高層マンション。
自転車で行ける範囲だった事に驚いた。
もしかしたら、出逢う前にどこかですれ違っていたかも…と思ったら、楽しくなった。
どうぞ…と入れてもらった部屋は、大きな窓や広々としたキッチンがある素敵な空間だった。
「すみません、仕事が立て込んでいて、家の事が疎かになってしまっていて…」
環生さんはこちらで座っていてください…と、ソファーに積まれた洗濯物をどけてくれた。
すぐに片付けますから…と、テーブルに置きっぱなしのカップや新聞を運ぶ恭一さん。
このテーブル、恭一さんのSNS投稿で見た事がある。
お家で写真撮ってたんだ…。
「大丈夫です。気にしないでください」
確かに部屋は散らかっていて、生活感がたっぷりだったけど、俺は恭一さんの素が見られて嬉しいと思った。
テレビではあんなにキラキラしていて完璧な恭一さんも普通の人間なんだな…。
完全じゃない恭一さんに親近感がわいたし、愛おしいと思った。
恭一さんの部屋は全体的にシンプルでナチュラルな雰囲気。
カーテンもラグもカップも、グリーンだった。
本当にグリーンが好きなんだな…。
「お待たせしました、環生さん」
ざっと部屋を整えた恭一さんは、花の香りのするハーブティーを淹れて、俺の隣に座った。
カジュアルな普段着に着替えた恭一さんも素敵。
「忙しいのにありがとうございます、恭一さん」
「こちらこそ…。こんなに遅い時間に申し訳ありません」
今度はきちんと掃除をしておきますね…って言葉が嬉しい。
また遊びに来てもいいんだ…。
「…環生さん、抱きしめてもいいですか?」
「は、はい…」
恭一さんは愛おしそうに俺の手を撫でると、ぎゅっと抱きしめてくれた。
会えたら、話したい事がいっぱいあったけど、もうどうでもよかった。
俺はずっとこうやって抱きしめて欲しかったんだ…。
「恭一さん、嬉しい…」
俺からもぎゅっと抱きついて甘えた。
今日まで会えなかった分もめいっぱい甘えようと思った。
「環生さんの誕生日も、クリスマスも年末年始も…側にいられなくてすみませんでした」
「…淋しかったけど、お仕事だから…」
きっと恭一さんは、1年中こんな感じなんだろう。
節分、バレンタインデー、ひな祭り、ホワイトデー…毎月のように何かしらのイベントがあるから、行事食の提案もするフードコーディネーターの恭一さんはずっと忙しいはず。
恭一さんが人気者で嬉しいし、仕方ない事だけど、これから行事の度にひとりぼっちなのかと思うと、ちょっと悲しかった。
「環生さん、これを受け取ってくれますか?」
恭一さんが握らせてくれたのは家の鍵だった。
うわぁ、合鍵…!
「いいんですか?」
「もちろんです。環生さんの家だと思って、私がいない時でも好きに出入りしてください。また後日、生活に必要な物も買いに行きましょう。もし環生さんが置いておきたい私物があったら置いていってください」
好きな時にお邪魔していいなら、行事の日も待っていたら夜には恭一さんが帰ってきてくれる。
それなら淋しくても耐えられる気がした。
「ありがとうございます、恭一さん。あの…俺からは…これを…」
俺は丁寧にラッピングした袋を差し出した。
恭一さんがプレゼントしてくれた毛糸と編み棒で作ったペンケースとポーチ。
上手くはできなかったけど、最大限努力したし、たっぷり気持ちは込めた。
「ありがとうございます、環生さん」
包みを開けた恭一さんは嬉しそうに微笑んだ。
待っていてください…と、仕事用のバッグを持ってくると、自分のペンケースの中身を取り出して、俺の作ったペンケースに入れてくれた。
常備薬や目薬が入ったポーチも同様に。
「これで仕事の時も環生さんと一緒です」
まさかすぐに使ってもらえるなんて…。
出来栄えじゃなく俺が作った物に価値を見出してもらえた事が嬉しかった。
「恭一さん…」
キスをして欲しくなって、指先で恭一さんのニットの袖をキュッと握った。
「キス…しましょうか、可愛い私の環生さん」
『可愛い私の環生さん』なんて、恥ずかしいけど嬉しすぎる。
俺の喜ばせ方を知ってる余裕たっぷりの恭一さん。
俺だって恭一さんにドキドキして欲しい。
「はい…。俺の…カッコよくて、優しくて、素敵で…世界で一番愛してる恭一さん…」
「環生さん…」
あ…、恭一さんの頬…赤くなった…。
照れてる…のかな…。
可愛い…。
「大好きです、恭一さん…」
いつもより少し火照った頬に、そっと口づけた。
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